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ビーストバインドトリニティ 鋼鉄の栄光  作者: ピーター
黒き死の行軍、赤き贖罪の夜
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第19話 黒き死の行軍、赤き贖罪の夜2

 生徒になってから随分と扱いがかわったものだとジャンは、自分にあてがわれた家のまえで考えた。生徒になって自分への視線は、侮蔑から好奇へと変わった。おそらく、このドミニオンの世界律だろう。生徒たちに己がモルモットであることを自覚させないための世界律が、ジャンという”生徒”を生徒たちに受け入れさせたのだ。

 飼い主であるジークリンデから解放されたのは個人的には残念であった。なにせペットではなく、生徒であるため、不純異性交遊などあってはならぬという話で隔離されてしまったのだ。

 あのお嬢さんマドモアゼルと過ごす日々は悪くはなかった。なにせ彼女は、苛烈で美しい。それは感覚が摩耗しがちの長くを生きた吸血鬼にとっては眩い人間の魅力だ。人間すべてがそうであるわけではないが、それもまた宝探しに似た素晴らしさがある。

 命短し恋せよ乙女というわけだ。彼女が恋をしているかどうかだって?一目でわかる。彼女が想い人のことを語らない日はないし、想い人のことを想わぬ日はないだろう。彼女の日常は、あの少女、序列一位、『完全世界』ウラジミールありきで回っている。

 そう、それが敵愾心や対抗心であったとしても、彼女なくして存在しえない日常など、それは恋の狂騒だろう。この紛れもない片思いに、苦悩し、苦悶し、苦闘する彼女を間近で見れないのは残念至極という他ない。

 嘆息するジャンが、ふとした違和感に振り替える。

 視界に人は居ない。ジャンにあてがわれた家は居住区の外れだ。加えて時間は夜更け過ぎ”学生”が起きているには不相応な時間だ。

 気のせいか、と考える。ジャンは己の生き汚さには自信がある。”敵”を見逃すはずはない。”仔”をはべらせ、己だけのうのうと安全圏にいるネットワークの老人どもとは違う。

 だが、頭の中で警報は鳴る。しいて言うならば、そう、ここはよくない、と。

 そして、ジャンに気取られず、害意もなくジャンに不幸をもたらす者に、ひとりだけ心当たりがあった。それは、目を逸らしたい結論であったが、そうであると確信したのであれば行動するべきだった。被害を軽減させるためにも。

 見えない相手にジャンが跪いて礼を取る。ジャンは基本的に交友関係に上下関係を作らない。相手が神様だろうと自分を下に置くことはない。なにせ、それだけの借りがない。

 だが、一人だけ例外がいるのだ。

「日本においででしたか、師父。」

「ほう、登水、貴様、また学徒となったか。」

 すっと暗闇の中からジャンの肩にぽんと手がおかれる。陰気に溢れる吸血鬼特有の青白さをもった小さな手だ。手はすっと頬を撫でると、正面へと回り、一人のチャイナドレスの少女が現れる。

「学ぶことはいいことだ。」

「はっ。」

 その小さな手で、その小さな口元を隠して、少女がからからと笑う。ジャンはそれにたいして畏まって答える。これがジャン・ジャック・ジェローム三世、いな、登水の師父、鳳瞬であった。年端もいかぬ少女にしか見えぬ彼女だが、その細腕にかかった魔物は数知れぬ。だが、夜も深く、月も高い。師父も今宵は機嫌がよい、と安堵したジャンに優しい声音で鳳瞬が続ける。

「私も人類に価値があるとは思わんが、価値のある人間は居ると考える。私は人間だからといって家畜とは思わぬ。そうだな、良くも悪くもわれらの隣人である。だから、お前が人間とともに住まうことは許した。」

 その声音にこれは非常にまずいとジャンが身を固くする。師父は叱るときは必ず振りかぶる。優しく囁き、そして。

「だが、いつ貴様が家畜になることを許した、この戯けが!!!」

 声が空間を支配する。長い時を生きた吸血鬼は時空に干渉する秘術さえ修めるという。おそらくこの常人が聞けばそれだけで心臓を握りつぶされるような圧力を持った声は、ジャンにしか聞こえていない。

「はっ、申し訳ございません。」

「構えよ。許す。」

「はっ。」

 人への擬態を解き、全身に功夫を巡らせ身構えたジャンに、間髪入れず拳が入る。陰気と陽気を同時にぶち込む師父の気功の真髄にして基本ともいえる一撃がジャンを吹き飛ばす。まともに入れば、ネットワークの長老とてこの一撃で、1、2度は死ぬだろう。

「がはっ」

 ジャンは、みっともなく息を吐きだしながらも、かろうじてそれに耐えた。

 打ち込まれた気を内気で逸らす技法。拳法家でもある師父に最初に習ったのがこれであった。自らの奥義への対処法などというものをまず教えることに驚いたが、結果は見てのとおりである。なければ死ぬ。あれば死なぬ。その程度の差しかない。受けた時点でもはや生殺与奪の権利は相手にある。まさに必殺の拳。

「うむ。塵に帰らぬ程度のその鍛錬に免じて、此度は許そう。」

「げほっ、ありがたく、がはっ、存じます。」

 ジャンはここまでされてもなお、この師父への敬愛は尽きない。というよりは、ここまでするほどの師父であるからこそといった方がよいかもしれない。彼女は、吸血鬼でありながら、苛烈で美しい。

「さて、本題に入るぞ。貴様、ここの地理にはある程度通じておるな。うむ、首を動かすだけでよいぞ。許す。」

 ジャンがうめきながら首を縦に振ると、鳳瞬は言った。

「黒の心臓を盗んだ奴が行きそうな場所を知らぬか?」

 黒の心臓、という単語を聞いて、ジャンは、この師父が、ネットワークの”同族殺し”が何のためにここに来たのかを悟り、そして祈った。どうか、我が身に降りかかる災難が、これで終わりますように、と。 


ビーストアナライズ№011

”同族殺し”鳳瞬

「構えよ。許す。」

竜/ドラクル

絆:登水(家族)

エゴ:挑む者を貪りたい

 ジャンの師父たる楚家に連なる吸血鬼。吸血鬼の長い時を鍛錬にあてその果てに龍へと転じた拳法家にして仙人。陽気と陰気のふたつを同時に身体中に巡らせるデイライトウォーカー。

 始皇帝とも面識があるとされるネットワーク公認の”同族殺し”、すなわち処刑人である。彼女自身はネットワークに所属しているわけではなく古い約定によってネットワークの各国支部長のみの依頼を受け、遂行するのみである。

 弟子であるジャンには容赦なくみえるが、ジャンが本気でやれば死なぬ程度を心得てのことである。つまり気を抜くと死ぬ。ついでにいえば、これでもジャンとのやりとりには深い親愛の情がこもっている(ので、害意に敏感なジャンの生存本能を直前までかいくぐってくる天敵である)。

 彼女と自分の実力を正確に推し量りなおもほどけぬ絆やゆずれぬエゴによって挑む勇者の血以外を口にすることを自らに戒めており、ここ数百年血を飲んだことはないと噂される。


所持アーツ:《血脈:楚家》《優美なる鬼腕》《竜のアギト》《竜の爪牙》《この身に刻まれし誓い》etc


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