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異世界転生・アフター  作者: スプライト
『後日譚(春休み編)』
3/8

第二話 『キョーヤぁー! 会いたかったよぉー!』

 その日の夜。俺は妹と、帰って来た母さんと父さん達を交えた四人で食事を摂っていた。


 ——この風景をどれだけ夢で視た事か。


 そして一体何度、それが夢であった事に目が覚めて気付き、涙を流した事か……しかし、これは違う。現実なのだ。……現実、なのに。


「ん? どうしたのキョウヤ。体調でも悪いの?」


「いや、大丈夫だよ母さん……あ、この肉じゃがヤバい。超うめぇ」


 ——心が、晴れない。


 俺はランニングから帰った後すぐ、ネットでPTSDについて調べまくった——この世界の便利さに感動してしまったのはさておき。どうやら治すには時間を掛けるしかないらしい。日々の生活の中で『ここは安全なのだ』と認識できるまで、平穏に過ごすしかない。

 あるいは、向こうで起きたのと似た体験をし——しかしもう、何も怖い事はないのだと、再認識を行う必要がある。


 そのために必要なのは、俺の場合はきっと、こうして日々を平凡に暮らす事だろう。記憶の彼方へと置いて来てしまった学校の授業内容も思い出さないといけない。友達と遊びにいくのも良いだろう。しかし、それでもふと想像してしまうのだ——


 ——自身が、大切な者の首を掻っ切る姿を。


 その晩、俺は眠れない夜を過ごす事となった——……



  *  *  *



 翌日もまた母をパートへ、父を仕事へと送り出し、ようやく起きて来た妹と二人で遅めの朝食を摂った。のだが……今日の朝食は、本当に胃の痛くなる事ばかりだった。


 ——なにせ、妹が妙に恐い。


 どうやら未だ俺をレイプ未遂犯として疑っているらしい。……監視、されている。どころか探りまで入れてくる——『ねえアニキ、お母さんが包丁一本足りないって騒いでたけど、知ってる?』と。しかも会話の断片から、俺がその包丁で脅してくるのではないか、と考えているらしい事がわかった。

 その所為か、それだけを聞くと朝食もほとんど手付かずのまま出掛けていった——まさか催眠薬までをも疑われた、わけではないと思うが。


「……もったいない」


 じぃーっとこのまま捨てられるだけのご飯達を見る。日本では別に珍しくもないだろう食べ残し——だが、異世界でパン一片を巡って殺し合った経験さえある俺にはそれが……いや、やめよう。


「——感覚、戻していかねえとなぁ」


 そう呟き。


「……でもやっぱもったいないし食っとこ」


 ぱくぱくと口へ放り込んだ——……



  *  *  *



 ランニング。日常生活を、と言いながらまた俺は身体を動かしていた。準備運動もバッチリ終えて、本格的なランニングを始めてしまっていた。


 ——うん、どっかで妥協は必要だよな。


 よくよく考えてみればランニングは全然悪い事じゃない。今までずっと学校の体育以外で全く運動をしていなかった、鈍ってしまっている身体を動かすのは悪い事じゃないよな。それにこれに関しては、未だに残る身体の感覚のズレも大きいだろう。筋肉が付き、時間も経てば自然と収まるはずだ。

 そう思いながら身体を虐め抜く……と、住宅街を走り始めた時。


「……だから……何度も……」


「……んだよォ……俺と……」


 キナ臭い会話の断片を耳が拾った。走るペースを徐々に落とし、曲がり角で足を止める。呼吸を静め——気配を消した。その精度があまりに低い事に歯痒さを感じ——


 ——いや、違う。もうそんなのは必要ねえんだ。


 俺は身体の力を抜き、”普通に”耳を澄ます——どうやら女が男に言い寄られているようだ。車のエンジン音と共に話の内容が聞こえてきた。


「だから、もう付き纏わないでって言ってるでしょ!? あれはカナに頼まれたから付いて行ってあげただけで……ていうかそもそもアタシ、合コンだなんて聞いてなかったし! わかってたら最初から行ってない!」


「まーまーまーまー、そう言わねえでさァ……ほら、こんなところで再開するなんて運命かも知れねえじゃン? ちょっとあそこの店に俺とさァ——」


「——いい加減にしてッ! しつこいッ! アタシはこれから行くとこがあんの!」


「お、だったら乗せてってあげんヨ? ほら、後ろ乗りなよォ」


 ——随分しつこい男だな。


 女性に対して完全な奥手だった俺からすれば——向こうに行ってからはその程度の事では動じなくなったが……いや、動じる余裕すらなかった、か? ともかく、一周回って尊敬したくなってしまう程の押しだが……だからと言って相手に迷惑を掛けるのはダメだろ。


「……はぁ」


 余計な事に首突っ込んでんなー、と思いながら顔を覗かせ——


 ——って、んあ!?


 直接二人を見て、ようやく気付く。

 女と外車(←カッケェ……俺は馬車しか運転できないが通じる物があるな、うん)に乗った男とが言い合いになっていた。女が少し歩いては、男は並走するように車を走らせ、『乗ってけヨ』の繰り返し。なのだが……。


 ——ちょっと待て。あの女の方って……マイじゃねえかッ!?


 俺は慌ててそちらへと駆け出していた。


 ——あんの馬鹿っ……! なぁに面倒事起こしてくれてんだっ!


 きっと以前なら、『はっ、自業自得だな。勝手にレイプでもされて孕んで自殺でもしとけ!』くらいの事は思ったに違いない。が、今の俺には助ける以外の選択肢など存在しなかった。


「おーい、マイぃー!」


「えっ……!?」


 驚いた表情でこちらを振り向く妹。マイは「だれよォ、アイツ?」と訊ねてくる男と俺を見比べた。かと思うと勢いよくこちらへとダッシュして来——


「キョーヤぁー! 会いたかったよぉー!」


 と、抱きついて来た。


「「……は?」」


 皮肉にも、男と俺の漏らした言葉は全く同じだった。

 俺の混乱を置いてけぼりに、マイは男へ向かって言う。


「こういう事だから、もうアタシの事は諦めてよね……えーっと、鼻毛さん、だっけ?」


花華田ハナゲダだッ! つーか、そんなやつのどこがいいわけェ? ていうかそいつ、本当にカレシ——」


「それじゃあ、アタシ達これからデートだから! ほら、行くよキョーヤ!」


「んあ!? お、おう……!?」


 ずんずんと妹は俺の腕を引いて歩いて行く。ちらりと見れば男は車を止めたままこちらを見送っていた——が、思い切り俺へ向けてガンが飛ばされていた。


 ——あー……嫌な予感がするー……。


 おろろーんと涙が零れそうになりながら思った。

 本当の殺し合いをした今となっては、明らかなヤンキー、しかも大学生か社会人らしい年上の男が相手であったとしても、その程度の視線に恐怖を覚える事などあるはずもない。が、俺の望みである平凡な生活からかけ離れていっている事ははっきりと感じた。

 少しむっとしてしまい、丁度曲がり角を迎えて男の視線が途切れた時、嫌味混じりに妹に尋ねてしまう。


「なんだマイ、あーいうのがタイプだったのか」


「はぁ!? 違うし! 違うし! ぜんっぜん違うしッ! マジで違うしふざけた事言うなよぶっ殺すぞ!」


「お、おう……」


 ここまで強烈に否定されるとは思っておらず、思わずたじろいでしまう。加えて、「いつまで腕組んでんだよさっさと話せよレイプ犯っ!」と突き飛ばされ——かけたのを咄嗟に避けてしまう。


「ぅあっ!? ……避けんな馬鹿アニキっ!」


「いや、すまん」


 だがそれだけではマイの怒りは収まらないようで、「いい、わかる!? アタシはね——」と説教(?)が始まった。


「アタシはね、あんなチャラチャラした誰にでも尻尾を振るような駄犬はね、大・大・大・大——」


「——大・ショーグン?」


「そう、極アームズが……って違ぁあああああうッ! ふざけんなぶっ殺すぞッ!」


 妹はまだ仲良かった頃に受けた俺からの影響でか、仮面ライダーは欠かさずに見ている……っと、そんな事じゃ話は逸らせなかった。どころか火に油を注いでしまったらしい。


「よーく聞きなさいッ! アタシのタイプはね——」



「——大人っぽくて、頼りになって、困った時やいざという時は颯爽と駆けつけて助けてくれて、包容力があって、アタシの全部を受け止めてくれて、趣味も同じ方が良いわ、味覚も似てる方が料理を将来作ってあげやすい、それでいて腕っ節も強い方が良いわね、その方が安心感があるし、勉強もできた方が良いわ、学年トップとは言わないけど、上位には入っていて欲しいわね、きちんと学歴も必要かな、身長はそこまでこだわらないかな、あたしが小さい分そこはサービスよ、でも平均は必要ね、あまり小さいと頼りなく感じるわ、ついでに言えば見た目ももちろんカッコいい方がいい、身だしなみにも気を使って、髪もきちんと整髪料で整えて、でも変に染めたりしてないのが最高、髪が変に長過ぎるのも嫌ね、ナルシストっぽいのはNG、後はきちんとツメや髭の手入れや処理もしていて、それでいて王子様みたいな人——」



「——なのよ! わかった!?」


「……」


 ——そんな人間いねぇよッ!?


 ふふんっ、となぜか偉そうに鼻で息を吹き、胸を張る。俺は「ソウダネ、イツカキットアエルヨ」と潜入任務までこなした事があるのに感情を抑え切れずカタコトになってしまいながら、なるべくあたたかい目を意識して(映画版どら○もんみたいな事になっていない事を願おう)視線を送った。


「だからね、アタシは余計な凡夫に付き合って上げる余裕なんてこれっぽっちもないの!」


「ウン、ヨクワカルヨ」


 俺は確信した。


 ——こいつ、一生結婚できねーわ……。


 妹は「ふんっ! じゃあアタシ、もう行くから。付いて来ないでよねレイプ魔。てかアンタ汗臭いのよ。あーもう最悪っ! 服に臭いが……」と言いながら去って行った。


「……なんだこの、助けてやったのに、踏んだり蹴ったり感は」


 仲も悪くなるわけだよなぁ、と判明した妹との不仲の原因の一端に溜め息を吐き、俺もまたランニングを再開した。


 ——明日は服でも買いに行くかなぁ……。


 妹に言われた事を気にしたわけではない……事もない。だが寧ろ、こちらの世界でしか出来ない事を色々やるのも悪くないと思い立ったのが大きい。


 ——散髪も行ってみるかなぁ。整髪料……は、付けた事ねえなぁ。散髪屋さん? 美容院? で買えるのかな。


 そんな風に考えながら走っていると、頭の中でやってみたい事が次々と浮かんで来た。以前は何も面白い事なんかないと思っていた世界だが、娯楽や好奇心を引くものが如何に多く存在するかがよくわかる。一度なくしてみなければ気付かない、気付けない物はまだまだ存在するようだ。


「……あいつ、大丈夫だよなぁ」


 ただ一つ心配なのは、あのハナゲ……じゃなくて、ええと……まあそんな感じの名前の男。あの視線が妙に気になる。……これ以上面倒な事にならなければいいが。


 ——あんまし、余計な事は起こさんでくれよ……。


 これ以上、物騒な事で俺の平穏を壊さないで欲しい。これ以上、俺のPTSDの引き金を引いてしまいそうな厄介ごとを起こさないで欲しい。

 そう思いながら、俺は自身の定めたチェックポイントを回り、走った——……



  *  *  *



 その日の晩は勉強をして過ごした。

 長期休暇中に、自主的な勉強をするなんて何年振りだろうか……この世界の時間換算でも、三年以上そんな事してなかったなぁ。


 ——だが意外な事に、やってみれば勉強もまた、楽しくて楽しくて仕方がなかった。


 異世界では常に学ばなければ死ぬ、という状況が常だった。些細な情報の有無で生死が分かれた経験も、一度や二度ではない。だが、そんな日常は逆に、学んだ事が生活に根付いている実感を得られた。学んだ事は全てどこかに繋がっており、必ず何かに関連している——あるいは必要になる事だと気付けたのだ。


 そして、学校の勉強はまさにその典型だった。どの科目も、必ず生活に強く繋がっていた。他にも、『ああ……あの時にこの事をきちんと覚えていれば、助けられたかもしれないのに』と、必要になった場面が連想されたりした。


 ——だからだろうか、苦手だったはずの科目を含めて頭の中にすんなりと知識が入っていった。


 たった数時間で、高校一年生の授業範囲――その一科目が、半分近く終わってしまった。


「おおお……やばい、これ。いくらか頑張りゃ……もしかしたらもしかするんじゃねーか?」


 いつ振りかもうわからない、勉強が楽しいという感覚に笑みを浮かべ——気付くとあっという間に時間は立っていた。


『キョウヤー、マイー、ご飯できたわよー』


 仕事から帰り、すぐに夕食作りに取りかかっていた母の声が、階下から聞こえた。


「わかったー、今行くー!」


 そう答え、教材を閉じた。二年生の授業開始日が少し、楽しみになった。


「後でクラスメイトの名前と顔も確認しとこう」


 俺は部屋の電気を消し、部屋を出た——……



  *  *  *



 ちなみに今日の晩ご飯は、麻婆茄子だった。

 母さんが、「旨い旨い」と言って苦手だったはずの茄子をぱくぱくと食べる俺の様子に眉を上げていたが……自重は出来なかった。がっついてしまう。


 ——ああ、以前の俺はほんと、なんでこんな旨い物を食べ残したりしていたのか。


 人生損してたなぁ、とか思いながらまた一口、大きく頬張った——……



  *  *  *



 ——事件が発生したのは、数日後。午後四時過ぎの事だった。


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