パリンプセスト2
カップル席の漫画喫茶の座席の中、すみれは囁くような声でパリンプセストについて教えてくれた。
羊皮紙に書いているうちに、誤字や脱字を書いている本人が見つけることがある。
そんな場合、一度書いた文字を消して上書きすることができる方法が昔からあったらしい。
また羊皮紙は当時は高価な紙だったこともあって、以前書いてあった文章を丸ごと消してもう一度使い直すという人もいた。
当時はその方法で完全に消えたように思えたけれど、現代の技術があれば消したはずの文字を読むことができるのだという。
そのため、表明上はなんでもない羊皮紙に過去の記録が現れてくることがあるのだという。
だいぶ違うけれど、筆圧の高い人が鉛筆で書いた跡が消したあとも紙に残っているようなものだ。
パリンプセストは、「削り取って再び使った」羊皮紙という意味の言葉だった。
早速ウィキペディアで調べると、パリンプセストは普通、再利用するために消した後に半分に切って90度回転させて折り目をつけて使ったらしい。
そうか、確かにラエマ冬の書の最後に挟まれていた何も書いていない部分は、羊皮紙の切れ端のようだと思っていたけれど、ページを半分に切ったサイズになっていた。
「ダヴィンチコードって本があるでしょ?」知らないけど、と答えると「どうせそんなことだろうと思ったわ。まぁいいの。じゃあ死海文書は?」
「エヴァで」
「ああいうキリスト教の文書も羊皮紙だったの。キリスト教の福音書が見つかったこともあるらしいの」
なるほど、すみれが盛り上がっているのもわかってきた。
「待って、ラエマ冬の書がパリンプセストだってどうやって確かめるよ?どうも専用の設備が必要みたいだよ。ウィキペディアには『バチカンのローマ教皇庁に大日本印刷が解析設備を導入』してるって」
「調べなさいよ。これがあればいいの」
彼女はポケットから取り出したのは、ボタンを押すと紫色の小さな光が漏れてくるタイプのブラックライトだった。
「パリンプセストだったら、ブラックライトを当てると光って見えるの」
「じゃあすぐ大学に」
「そこが問題なの。今日の空き巣だか強盗だかは、明らかにあなたを見張っていると思う。まぁ家の中になかったからもう諦めたかもしれないけれど、私なら家に本がなかったらその人の行動からどこに移したか調べるし、空き巣をするぐらい根性があれば、あなたを捕まえて拷問ぐらいすると思う」
すみれの顔が近い。言っていることは過激だけれど、もっともだった。
その一方でどこかに冷静な自分がいた。
「待った。確かめればわかるかもしれないけれど、ラエマ冬の書はパリンプセストじゃないかもしれない。ブラックライトの発明は、19世紀になってからなんだ」
「そこは私も分からないの。ブラックライトについては本にもなかなか記載がないし。もしかするとラエマは、15世紀にブラックライトを発明したのかも」
そこについては彼女も自信がなさそうだったけれど、耳元で一生懸命囁くすみれが、可愛らしかった。
漫画喫茶にいくことにした経緯を追加