ヒイラギとツタ1
クリスマスキャロルといって思い出すのは、きよしこのよるとか、サンタが町にやってくるぐらいで他は知らない。
ホーリーアンドアイヴィーについて手元のiPadで調べると結果は英語だらけだった。
最初の結果にYoutubeがあったので動画で再生させてみた。
「ちょっと、音小さくして」すみれがYoutubeの画面を出した僕をとがめた。
すみれの顔が近寄ってきて、すみれの髪がさらりと机に落ちた。
オルガンの調べにのってボーイソプラノの澄んだ歌声が響く。聴いてみると基本的には同じメロディを繰り返している。
何度か同じ歌詞・同じメロディーを繰り返しているので、動画を最後までみているとなんとなく口ずさめそうな部分もでてきた。
「ちょっと見てくる」動画を見終わったすみれは
図書館をひとわたり周ってきたすみれは結局手ぶらで、参考になりそうなものはなさそうだと残念そうにいった。
一方僕は翻訳と背景情報を検索していくつかの成果をあげていた。最初の部分の和訳は次のようなものだ。
ひいらぎとつたは
ともに生い茂るそのとき
森の全ての木々の中で
ひいらぎは王冠を頂く
朝日は昇り 小鹿が駆け巡る
オルガンの陽気な音色に
響き渡る美しい聖歌
後半はリフレインで、前半は少しずつ歌詞の内容が変わっていく。
ヒイラギの特徴と、そしてキリストの誕生だ。
iPadを覗きこんだすみれはWikipediaの英語版を読んでいた。
「イギリスで愛されている伝統的なクリスマスキャロルで教会で歌い継がれ、成立は少なくとも15-16世紀、か。じゃあラエマ冬の書と同じ年代ね」
「確かに、ラエマ冬の書には緑と赤のモチーフが多かったけれど、クリスマスと関係してたなら確かに納得できるよ」
ふとすみれの横でiPadを眺めながら、こんな歌、クリスマスソングにあった?ときくと、
「私もキリスト教徒だけどこの歌は日本の教会では歌わないわ。イギリスの友達からクリスマスシーズンに招かれたときに歌ったのを聴いたことがあるだけ」
それはずいぶん高級な過ごし方だな、という言葉を飲み込んだ。
「ただイギリス...イングランドでは定番の歌だって聞いたかな」すみれはイギリスという言葉を訂正した。
「漆原先生に相談しようよ」すみれの提案は妥当だった。すみれの持ってきたブラックライトではごく小さな範囲しか照らせない。
もしこの詩がインターネット上にない部分が書いてあっても調べるのはものすごく難しい。せめて蛍光灯ぐらいの大きさのブラックライトが必要だった。
一度本を大学に預けなおして図書館を出た。そのときに、ふと背の低い、メガネをかけた綺麗な金髪の女の子と目があった。彼女は小さなカバンを大事そうに抱えて玄関で待っていたが、係りがやってきて中に慌ただしく入っていった。
先生を見つけて、2人でパリンプセストのことを話すと、別の研究室の解析機を借りられると話をしてくれた。
「ただ...私が学会でしばらく留守にするので、機械を持ってる柴先生に頼んでおくことにします。もしかするともっと面白いことも分かるかもしれない。他の人には口外しないように頼みます」
しばらくして、先生からメールが届いた。
「院生のアシュリーが手伝ってくれるそうだから本を持って、研究室にいってください」