落札された魔術書
一体『普通』とはどういうことなんだろうか。突如大学生の春日居清の頭に去来した疑問は、クラスで一緒でよく話をする一条すみれが、「普通の人ってあまり好きになれないの、私」とにこやかに僕の友人を振ったことから始まっていた。
一条さんは、別に隠れたオタク趣味があるとか、腐女子であるとかそういうことはなさそうで、お酒もたしなむしスポーツも観るし学業成績はどうみても優秀な方だったし、僕からみると普通そのものだった。そして、一条さんが誰ともつきあわない中で、僕とは比較的話をするというのが目下の問題だった。
では一体どんな普通ではない人ならば彼女の彼氏たりうるのか。彼女のいう普通、というかむしろ普通じゃないことはどんなことなのか。彼女とよく話す機会がある自分ははたして普通なのか。
大学の図書館で雑誌を読みながらiPadで調べ物をしていると、外国のオークションサイトeBayで奇妙なオークションが引っかかった。Bookを検索した結果Bookeと間違って入力してしまったことが原因のようだった。
競売にかけられているのは、14〜15世紀に作られた『Winter Booke of Raema 』という本だった。書いてある事はほとんどわからないけれど、投稿された写真をみるとそれは革で装丁された羊皮紙の本であるようだった。
そして表紙にはぼんやりと魔術に関するものと思われるイラストが書いてあった。
「それ、どうしたの?」振り向くと、一条すみれだった。
視線の先にあるのは、iPadの中の本だった。
「今ちょうど調べてるんだけど、一条さん詳しい?これって、何かの魔術書なの?」
「魔術書って何?何が普通の本と魔術書との違いなの?」
一条さんは僕の隣に座って、質問で返した。
「たしか魔術書っていうのは、中世とかで、キリスト教から異端とされた魔術を扱う本で、たしか禁書目録というのがあるやつ。オカルト本の一種だよ」彼女はあいまいに頷いた。
僕と一条さんはキリスト教系の大学に通っていて、聖書に関しての講義を受けていた。彼女はキリスト教徒でかなり英語ができる。一方、自分の武器はWikipediaとGoogleである。時折この2つはとても役に立つ。時折だけれど。
「オカルトっていうのはどういう意味?」
「カルト宗教とか、怪しげな魔術とか、心霊現象とかそういう怖い何かだよ」
「調べなさいよ。オカルトという言葉は、超常現象やホラーというイメージがつきまとっているけれども、本当のところ言葉は1500年代に使われていた『人や世間の目から隠す、隠されている』という意味なの。だから、魔術書がオカルトというのは全く正しいことなの。キリスト教から隠されていたという意味でね」
彼女はこういうとき、とても饒舌になる。普段の友達との会話では、こんなにしゃべったりしない。彼女の好奇心というのは、とても偏っているのだと思う。
さらさらした髪の毛をかきあげて、彼女は僕の画面をものうげに眺めた。
「魔術書、アメリカで出品されているのね。英語、読めるんだ?」
「まぁね」馬鹿にしてはいけない。英語はGoogle翻訳様でたいてい読める。書く事もできる。
「でもね。この出品者は他に生活用品しか出品してないのだけど。オカルトの出品者にしては、ちょっと変わった出品じゃない?」
彼女の画面を見ると、机とか、万年筆とか、食器とか、電動歯ブラシとか、時計とかネクタイピンとかが出品されていた。次のページは、電子レンジとか時計とか、いくつかのナショナルジオグラフィックの古い雑誌だった。
「うーん。バラバラなものを出品しているんだから、引っ越しでタンスの中からでてきたか、遺品の整理でお金になりそうなものを売るためにeBayを使ったとしたら?」
彼女はちらりと画面に目をやった。
「お金になりそうな物だと思ったら、50ドルで売るかしらね」
僕たちは画面を閉じた。しかし入札は取り消されていなかった。インターネットのどこかで粛々と入札は行われていて、次の日に落札通知が来ていた。
本の名前は、日本語でいうなら、『ラエマ冬の書』とでもいうのだろう。わからない英語の部分は、一条さんが読んでくれるかもしれない。もしそうなら、一条さんともっと話す機会があるかもしれない。そんな軽い気持ちで、その本は日本にやってきたのだった。