表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

なんで?

「寺島さんよね?」

明希が踊り場から声をかける。階段に足を踏みかけ、止まる。

寺島が涙目で振り向いたのだ。

泣きたいのはあたしだ!

明希は相手を刺激しないよう、慎重に言葉を発しようとした。

「どうし…」

「なんで!」

明希の言葉は遮られる。

目の前の少女からは涙が流れている。

明希はためらった。 相手は自分を狙った犯人なのだ。涙なんて気にする必要無い。

 だが

「なんで私ばっかり!」

少女の悲しそうな表情。悔しそうな表情。

「おかしい!あなたみたいに、夢なんてなさそうな、ただ生きてるだけの人間が、いるのに!なんで私が!!」

寺島の涙混じりの声。

「あなたみたいに、いてもいなくてもいいような、…そんな人間がいるのに!」

ひどい言われようだな。

明希はそう思ったが、返せる言葉がない。

「あなたなんて、きっと死んでも、だれも、悲しまないのに!…なんで、…なんで」

明希はもう何がなんだか判らなかった。

自分の適当な生き方が責められている。だから自分が嫌がらせを受けたとでも言うのだろうか。


「知ってる」


賢太の声に明希は振り向く。

踊り場の鏡の中の賢太は、鏡の中の自分の場所から少女を見ていた。

「俺、明希が仕事してる時とか暇でさ。店の中とか、うろうろしてたんだ。その時、この子のロッカーの中。扉裏に付いた鏡を通った気がする。」

賢太は同情するようなめで寺島を見た。

「ロッカーの中がぐしゃぐしゃになってて、『汚い奴だなー』って呆れた。でも、違ったんだ」


寺島には賢太の声が聞えない。ただ俯いて涙を流す。

「あなたみたいな人がいるのに………あなたがやられればよかったのに…………」

と、言葉を漏らしている。


「あの子のスクールバックが開けられてて、ノートとか、筆箱とか見えたんだ。死ねとか、ぶすとか。この子も明希みたいに苛められてるのかーって。そのまま通り過ぎたんだ」


明希は賢太を見て、寺島を見た。

少女は泣きながらうっぷんを明希に投げつけていた。

明希は階段を一歩上がる。

「寺島さん。バイトで苛められてたの?」

少女はびくりと肩を震わす。

明希はまた一段階段を上がる。

「だから、いてもいなくても同じ様なあたしに、八当たりしたかったの?」

少女を責める言葉ではない。自分が苛められても良い位置に居るのは、明希も判ってる。

「だけど、人を殺すのはいけないと思う」

また一段。

「来るな!」

少女は泣きながら叫んだ。

「うるさい!あんたなんかに言われたくない!今まで頑張った事なんて無いくせに!!私は、私はずっと耐えてきたんだ!なのに!」

また一段。

明希は黙って上がる。頑張った事がないと言う言葉に、何も返せないから。

「私は頑張ったんだ!あいつらにも、学校の奴等にも!はっきり自分の意思を言ってやったのに!」

学校でも。

明希は心が痛くなった。

また一段、上がる。

「ずっと、ずっと耐えて、なのに、…なのに、」

明希は思う。

誰か一人でも助けてくれる人は居なかったのだろうか。

「親は?先生は?友達は?」

何もしてくれなかったのか。

この質問に、少女の肩が震えた。

俯いて。喚き散らすとは違う、抑えた声を出す。

「あいつら、…いたんだ…私にだって、…ずっと、ずっと。」

少女は俯いたまま涙を流す。乾いたビルの床。むき出しのコンクリートに、黒い染みができる。

「だから、親にも心配かけないよう、…耐えてこれた。なのに…よくも…、あいつら…よくも……」

ひくひくと肩を震わす少女。

明希は一段一段少女に近付き、手を伸ばした。

「ぁき…だ!」

賢太の声が階段下の踊り場から聞こえた。だが何と言ってるのか判らなかった。

明希は手を伸ばす。

少女は顔を上げた。涙でぐしょぐしょに濡れた顔。赤くなった目が、自分をかたきのように睨みつけた。

(え?)

「よくも…あいつら……裏切りやがって!!!!」



どんっ

少女の両手が明希を押した。

明希の少女へ伸ばした手は空を掻く。

足が階段から離れた。


スローモーションで身体が傾く。

「明希!」

賢太の声。

視界にあるのは何も掴めなかった自分の手。


(ほらね)


やっぱりだ。


自分もつまらない死に方をする。


『あなたなんて、きっと死んでも、だれも、悲しまない』

甦る少女の声。


なぜか切ない。


何も出来なかった自分が、悔しい。


出来なかった。


違う。









しなかったのだ。


私が見たのは近付いて来るコンクリート。

それはとても暗くて、冷たそうで、悲しい悲しい灰色―――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ