倉庫
「何であんたがここに居んのよ!」
私は職場に着くと、真先に人の出入りしない倉庫へ向かった。
「何怒ってんだよ?」
賢太は事の現状をまったくわかってない様子だった。死んだ人間が鏡に出てきちゃいました。なんて、普通では絶対にありえないことなのに。
「わかってる?あんたは死んだの。ここにいちゃいけない」
「なんでいけないんだ?誰が決めた?」
分かろうともしていないのだろうか。私には賢太が、事を深刻にとらえようとしていなように見えた。頭にかっ、と血が上り、私は声を張り上げた。
「このわからず屋!!」
手鏡に向かい怒鳴り散らす姿はどれ程滑稽な物なのだろう。私は頭の隅でそう。
「ばか!あほ!間抜け!頭でっかち!」
まるで子供だった。情けないというほか、言葉が思い浮かばない。
「なにいってんのお前」
この時ばかりは賢太の方が落ち着いていた。だれがどう見ても、今の私は駄々をこねて喚き散らしているだけの子供だ。いけないいけない、という言葉ばかりを繰り返し、なぜいけないのかを、自分でも全くわかっていなかった。ただ、普通じゃありえないから“いけない”。みんながこうじゃないから“いけない”。そればかりで、まるで「友達はみんなコレもってるんだよ」と言って、おもちゃを親にせがんでいる子供と一緒だった。みんながみんなが、ばかりで、なぜみんながそうしているのか、そうなったのかを考えようともしないのだ。
あまりにも情けない自分。
不満をぶちまけてばかりで、全部他人のせい。そんな自分が嫌になり、私は口を閉じた。
賢太は何も言わない。ただ、静かになった私へ、問いかけるような視線を投げかけてきた。
「…なんで」
私は、どこかむすっとしている自分を感じた。やっぱり子供だ。事をうまく運べない自分に腹が立って、嫌気がさして、それでいてどうしたらいいかわからなくて、駄々をこねていて、喚き散らして。何をどうしたらいいかわからなくなった結果がこれだ。
ああ、なんて駄目なんだろう、私。
暗く湿った倉庫内。なぜだかよく見える鏡の中の賢太へ私は問うた。
「なんで、あんたはここにいるの?」
真面目だったと思う。視線はまっすぐに賢太を見ていて、賢太も多分私を見ていた。お調子もので、いつも軽口しか吐かなくて、落ち着きが無くて。どう考えても私より子供なのはこいつなのに。なのに、今ばかりはなぜかこいつの方が落ち着いていた。
普通に考えてみれば当たり前だ。なにしろ、こいつが一番よく考えないといけない事なのだから。
死んだ本人が、一番混乱しているはずなのだから。
これは、“私にとって”よりも“賢太にとって”の方が幾段も重大な問題なのだ。
「知らね」
鏡の中の瞳が、やけに冷めて感じた。
知るかよ。俺が聞きたい。何で俺はここにいるんだ。なんでお前なんかの場所でなきゃならなかったんだ。なんでほかの奴じゃなかったんだ。なんで、こんな負け犬のところに―――
別に本人が言ったわけではない。ただ、なぜだか、自分の脳内で、賢太の声でそう言われたかのような錯覚に陥った。
ぱとん…
私は鏡を閉じた。
瞬間「おい!」と慌てた声が聞えた。
―――こんな、ダメな奴の所に…
「………」
虚しさが押し寄せる。
気づけば鏡を持つ手が震えていた。それは深呼吸一つですぐに止み、またいつもと変わらない自分がそこにいた。