表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

倉庫

「何であんたがここに居んのよ!」

私は職場に着くと、真先に人の出入りしない倉庫へ向かった。

「何怒ってんだよ?」

 賢太は事の現状をまったくわかってない様子だった。死んだ人間が鏡に出てきちゃいました。なんて、普通では絶対にありえないことなのに。

「わかってる?あんたは死んだの。ここにいちゃいけない」

「なんでいけないんだ?誰が決めた?」

 分かろうともしていないのだろうか。私には賢太が、事を深刻にとらえようとしていなように見えた。頭にかっ、と血が上り、私は声を張り上げた。

「このわからず屋!!」

手鏡に向かい怒鳴り散らす姿はどれ程滑稽な物なのだろう。私は頭の隅でそう。

「ばか!あほ!間抜け!頭でっかち!」

 まるで子供だった。情けないというほか、言葉が思い浮かばない。

「なにいってんのお前」

 この時ばかりは賢太の方が落ち着いていた。だれがどう見ても、今の私は駄々をこねて喚き散らしているだけの子供だ。いけないいけない、という言葉ばかりを繰り返し、なぜいけないのかを、自分でも全くわかっていなかった。ただ、普通じゃありえないから“いけない”。みんながこうじゃないから“いけない”。そればかりで、まるで「友達はみんなコレもってるんだよ」と言って、おもちゃを親にせがんでいる子供と一緒だった。みんながみんなが、ばかりで、なぜみんながそうしているのか、そうなったのかを考えようともしないのだ。

 あまりにも情けない自分。

 不満をぶちまけてばかりで、全部他人のせい。そんな自分が嫌になり、私は口を閉じた。

 賢太は何も言わない。ただ、静かになった私へ、問いかけるような視線を投げかけてきた。

「…なんで」

 私は、どこかむすっとしている自分を感じた。やっぱり子供だ。事をうまく運べない自分に腹が立って、嫌気がさして、それでいてどうしたらいいかわからなくて、駄々をこねていて、喚き散らして。何をどうしたらいいかわからなくなった結果がこれだ。

 ああ、なんて駄目なんだろう、私。

 暗く湿った倉庫内。なぜだかよく見える鏡の中の賢太へ私は問うた。

「なんで、あんたはここにいるの?」

 真面目だったと思う。視線はまっすぐに賢太を見ていて、賢太も多分私を見ていた。お調子もので、いつも軽口しか吐かなくて、落ち着きが無くて。どう考えても私より子供なのはこいつなのに。なのに、今ばかりはなぜかこいつの方が落ち着いていた。

 普通に考えてみれば当たり前だ。なにしろ、こいつが一番よく考えないといけない事なのだから。

 死んだ本人が、一番混乱しているはずなのだから。

 これは、“私にとって”よりも“賢太にとって”の方が幾段も重大な問題なのだ。

「知らね」

 鏡の中の瞳が、やけに冷めて感じた。

 知るかよ。俺が聞きたい。何で俺はここにいるんだ。なんでお前なんかの場所でなきゃならなかったんだ。なんでほかの奴じゃなかったんだ。なんで、こんな負け犬のところに―――

 別に本人が言ったわけではない。ただ、なぜだか、自分の脳内で、賢太の声でそう言われたかのような錯覚に陥った。

 ぱとん…

 私は鏡を閉じた。

 瞬間「おい!」と慌てた声が聞えた。

 ―――こんな、ダメな奴の所に…

「………」

 虚しさが押し寄せる。

 気づけば鏡を持つ手が震えていた。それは深呼吸一つですぐに止み、またいつもと変わらない自分がそこにいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ