空が明ける
「…明希ぃ」
苛められた子供の様に、賢太。
そして表情をぱっと変え、ある方を見た。
「見ろよ」
明希は下を向いている。
「見ろよ!お前、これ見なかったら呪うぞ!」
(冗談になってないよ)
明希は涙でぼやけた視界をあげた。
眩しい
「涙、拭けよ。ちゃんと見ろ」
明希は袖で乱暴に拭く。
そして視界に入ったのは―――
昇る日。
ビルの間から洩れる光。まるでビルに押さえ付けられた光が、それに抵抗してビルを押し返すかの様に、強い光がビルの輪郭を覆っていく。
賢太の様だと思う。自分の死から逃げず、自分らしく自分の前に存在してる。
そして寺島という少女を思う。周りから押さえ付けられ、耐えて、耐えて、折れてしまった少女。
光は広がる。
街を照らす。
遠くに、賢太と歩いたお洒落なショーウィンドーの通りが見えた。ショーウィンドーが光を反射し、通りが輝く。
高いビルが光に呑まれる。
街灯という存在が消える。
明希と賢太を強制する事なく、押さえ付けること無く、透明な空気の様に照らしてく。
「…俺、ここを偶然見つけて。…その日は凄い暇でさ。…夜眠れなくて。…ここ来て」
明希は賢太を見ようとしたが、鏡の反射する光に遮られた。
「俺、ここから同じ様に朝日を見たんだ。あの時と違う光、違う空だけど、やっぱきれいだと思う」
見えない。賢太が見えない。
「ここで、こんな景色を沢山見たいと思ったんだ。小さい時の、カメラマンの夢を思い出したんだ。やりたい事、見つけたんだ」
明希は目を細める。
鏡の光は、反射光か、賢太が発する物か。
「それで、明希に見せようと思った。連れて来て、明希にも夢をあげようと思った。見つける手伝いをしようと思った」
落ち着いて来た反射光の中で、賢太の複雑な笑顔が見えた。
「そしたら俺…。明希にここを勧めて。それから自分も何とかバイトで金稼いで。自分の稼いだ金で、カメラ買って、ここで明希を撮ろうと思ったんだ。明希が夢を見つけた時、記念に一枚目を撮ってやろうと、思って。なのに…」
泣きそうな笑い。なぜこいつは笑おうとするのか。
「金が貯まって、俺凄い興奮して…まだ、………まだ間に合うと思ったんだ。…俺の………夢も、…………明希の、夢も、…………思ったのに……」
明希は涙を流した。
俯いてではなく、しっかり前を見て。
自分達を照らす朝日を見て、涙を流した。
「明希。…俺、お前が羨ましいよ」
うん。
私はまだ、生きてる。まだ、…まだ、
「……間に、合う」
賢太に感謝した。
涙を思い出させてくれてありがとう。
賢太に感謝した。
生きてる歓びを思い出させてくれてありがとう。教えてくれてありがとう。
「明希」
賢太の笑顔。
「ありがとな」
なぜお前がお礼を言うのか。
明希は泣きながら笑った。
「帰ろうぜ。早起きして眠い」
ははは。
こいつはほんとに。
どこまでマイペースなのだろう。
「うん。かえろ」
明希は鏡を持ちあげた。
感謝の気持ちを込め、いつもより丁寧に。多分中の人間は気付かないだろうが。