早朝
「その道真っ直ぐね」
賢太の声に案内されながら明希は辺りを見回す。
「心配すんなって。もしお前が迷ったらしっかり俺が案内してやるからさ!」
賢太の冗談を軽く耳に入れながら、明希は辺りの景色から目を離さない。
迷う?
まさか自分が?
迷いたくても迷える筈がない。
だってここは
「はい到ちゃーく♪」
「…ここ」
「俺が明希に紹介した職場ね」
ここに一体何の用が?
「いいから来いよ。てか行って」
明希は賢太に言われるまま屋上へ向かった。鍵がかけられた戸の前。明希は目を据わらせた。
「出れないけど」
「だろ?」
ここに連れて来といて何だそれは。
明希は鏡を割ってやろうかという衝動に駆られる。
「あ、あそこあそこ!」
賢太が指差す方を見ると、地面に接して小窓があった。
(まさか)
「そっから出れるよ」
(やっぱり)
腹這いになり、服を汚しながら明希は外へ出た。
まだ暗い街が電灯で照らされているのが見える。
明希は賢太の指示する場所に腰掛けた。
「俺さあ」
賢太がこぼす。
「死ぬ時かなり後悔したんだ」
明希は隣りの鏡を見た。
初耳だ。
まあ死ぬ前に後悔しない人間の方が珍しいか。
「なんかさ。自分が居た跡っていうのが、何も無かったっていうかさ」
明希はその気持ちが判る気がした。
「俺の居た場所なんて、簡単にかたされて、次の人間が来て、終わりだべ。そこに俺が居た事は皆忘れる。その時点で、完璧に俺は消える」
明希は俯いて、それを聞いて居た。
「俺さ、見つけたんだ。やりたい事」
明希は目を見張る。
賢太からその言葉を聴きたく無かった。
羨ましいとか、抜け駆けとか、そんな事では無く。
痛い。
心が傷んだ。もし賢太が生きていたなら、自分はどう言葉を返したのだろう。
軽い対応で返せたかもしれない。笑い飛ばせたかもしれない。
だが、賢太はもう
死んでるのだ
やりたいを事見つけた。叶わない願い。消えてしまった賢太の将来。
ただ心が痛い。
なぜ賢太が死ななければならなかったのか。
なぜ偶然は賢太の将来を奪ってしまったのか。
ただ哀しい。
なぜ夢のない自分が生きているのか。
なぜ夢のある者が死ぬのか。
痛い。
胸が痛い。
「明希?」
賢太の声。
いつもへらへらして、いい歳して子供みたいで。
痛い。
痛いよ。
「お、おい、…泣くなよ」
柄にも無く慌てて。
人の心配なんかして。
判ってんの?あんた、もう、死んでんだよ。
(馬鹿、馬鹿、馬鹿…)
明希は哀しくて涙が出た。止まらない。
嫌がらせを受けても、殺されかけても、ずっと泣く事が無かったのに。
そう。半年前だって。
賢太が死んで、葬式にもいって、花も添えて、線香もあげた。
自分は賢太の死を何とも思っていなかった。
なのに、何で今更。
賢太を恨む。
自分に涙を思い出させた賢太を恨む。
生きてる歓びを思い出させた、賢太を恨む。