ひみつ
「開いた」
「よっしゃー!」
明希はドアの針金を外し、ビルの屋上へ出た。
外は鮮やかなオレンジだった。
「おー」
賢太がわざとらしい声を漏らす。
明希は床に座り、隣りに100均の鏡を置いた。
「きれいだな」
「うん。…生きてて良かった」
「だろ?」
賢太の得意な声に、明希はちくりと胸に痛みを感じた。
死んでいる賢太に、こんな事を言ってはいけない気がする。
「………」
明希は黙り込んだ。
賢太はそんな明希にちらりと目をやり、沈み行くオレンジへ目を戻す。
「俺さ、思い出したんだ」
オレンジの沈黙にぽとりと落とした言葉。
明希はその言葉を、しっかり拾ってくれた。
「何を?」
「ここに居る理由」
「教えて」
「ひっみつ〜♪」
「ばかっ」
はははっと賢太が笑い小さく続けた。
「でもさ、」
明希は鏡に反射した光に目を細めながら賢太を見た。賢太は子供っぽい笑いを浮かべている。
「明日早起きしたら教えてやるよ」
「何時頃?」
「んー、4時とか」
「早っ」
「出来ないべ?」
「絶対やる」
二人の表情はどこか楽しそうだ。
気付くと日はもう沈んでいた。
「帰ろうか」
明希がきりだし、
「うん」
と賢太が頷く。
「…買おっかな」
「は?」
「あんたが言ってた口紅…買おっかな、」
なぜか明希はむすっと言った。
「お前、」
賢太は言葉を切る。
「なに?」
「変なトコでシャイだよな。ウケる」
ぴしゃり
鏡が閉じられた。
帰りは行きに通ったショーウィンドーの通りを歩いた。
賢太は楽しそうにガラスの中から店を覗いていた。
「おっ!これこれ」
例の店の前で二人は足を止める。正しくは明希一人だが。
お洒落な空気が外装からも伝わる。
どうしようかとためらう明希を、賢太が茶化しながら背中を押した。
二人は無事に目的の物を購入し、店を出た。
ピピピピピ…
「おっきろ〜」
ピピピピピ…
「朝ー」
ピピピピピ…
「あーさーだーぞー!」
ぼふっ
「うわっ」
明希の枕が三面鏡へ飛んだ。
ピピピピピ…
「お前、俺より先に目覚し止めろよ!」
「あんたの方がうっさい」
目を擦りながらトイレへ行き、洗面台へ向かう。
手に水をすくい、ふと顔をあげる。
賢太。
「うわっ、ぶっさいく〜」
バシャン
明希は洗面台の鏡に水をかけ顔を洗った。
「ちゃんと起きれたなー」
「当たり前でしょ」
賢太は鏡ごしに居る明希を見た。
「孫にも衣装?」
「難しい言葉良く使えました〜」
昨日買った口紅をつけた明希が、子供を褒める様に賢太を褒めた。
「なんだよ照れちゃって」
賢太は膨れて言った。
二人は朝早くから電車に乗った。
日も出ていないというのに人が居る。これから会社に向かうであろうサラリーマンやスーツを着た女性。女子高生。
こんな時間からよく皆頑張るなと思うと、明希の心を何かがつついた。