後悔
「明希ー!!!!」
駄目だ!
折角戻って来たのに。大切な事を教えに、自分は戻って来たのに。
彼女は自分と同じ死に方をしてはいけない。
死んだりしたら許さない。
賢太の伸ばした両手が、鏡から出た気がした。半透明だがしっかりしたそれは、明希の身体に触れ―――
だんっ
コンクリートの床に、人の身体が打ち付けられてる音。
なんでだ。
今一瞬だが、彼女の体重を感じる事が出来たのに。
なぜだ。
賢太は鏡の中で床を殴った。
階段の上の少女は、力なくへたりこむ。
涙を流しながら、下にある明希を見る。
(怖い)
少女はぞわりと背筋を這う物を感じ、その場から駆け出した。
「待て!!!おい!ふざけんな!!待てよ!!!!」
賢太の声は届かない。
自分はこんな事を見るために戻って来たのではない。
神様という存在を信じた事はなかったが、この世に戻ってこれた奇跡を少し感謝したのに。
賢太は目の前に横たわる明希を見た。
もしかしたら、自分をこの世に戻した奴はこれを見せつけたかったのかもしれない。
お前らのように目的無く生きてる人間は、こうしたつまらない死に方がお似合いだと。
「ちくしょ…」
賢太は誰ともなく、実体のない何かを恨んだ。
どうしたらいいのだろう。
何をしろというのだろう。
「明希………起きろよ…ばか」
賢太は子供のように体育座りをし、腕の中に顔を埋めて呟いた。
何かの気配。
気のせいかもしれない。本当に気のせいだった時のショックを考えると、とても確かめる気にはなれない。
賢太はためらう。
だがやはり小さな希望を手放しきれず顔をあげた。
「あき…?」
仰向けの身体はじっと動かない。
「…なんだよ…ばか」
また俯き、目を閉じる。
「あんたが言うな」
「わっ」
賢太はびっくりして後ろに手をつく。
明希は痛そうに顔を歪め、賢太の方へ首を向けていた。
「おまえ、生きて、る?」
明希はにっと笑った。そしてやはり身体が痛いのか、顔を歪める。
「なんか、床に近付いた所で一瞬身体が止まった」
賢太は自分の手を見た。
一瞬。たった一瞬だが。確かに自分は触れる事が出来たのだ。確かに彼女を受け止めたのだ。
「ありがとね」
明希は寝っ転がったまま、鏡の中の賢太へ石を投げた。
カチリと石が鏡を叩く。