第一章 大事件の始まり
2031年11月25日。その日は勤労感謝の日の3連休が明け、今日からまた1週間がスタートする火曜日だった。
今日も東京の街は忙しい。だが、それは日常だ。今日に関しては、連休明けで普段よりいささか慌ただしい気もする。各ターミナル駅は、今日も通勤客で混雑している。その中で、今からどんなことが起きるかは誰も知らなかっただろう。
2025年の某テレビ局の不祥事や昨今のテレビ離れによって、テレビ局の経営は厳しくなっていた。特に、港区東麻布にあるTOBテレビは、民放キー局で5位の視聴率であるため、経営は厳しかった。それに加え、1年ほど前に小さな不祥事が相次いだため、広告収入も減少していた。
そんなTOBテレビだが、報道に関しては親会社の東文新聞と共に、民放キー局の中で一番保守的であったため、「他社とは一線を画している」と評価されることも多かった。視聴層に関しても、「早くから全年代をターゲットにした番組制作に力を入れていたため、視聴者の満足度は高い」と言われていた。社員からも業界人からも、「TOBは視聴率は悪いが何とかなっているだろう。」と思っていた。
黒田健二という一人の男がいた。年齢は38歳で、妻と1人の子供がいる。TOBテレビでプロデューサーとして働いている。その男は、夕方4時35分から始まる報道番組「citrus」のプロデューサーであった。「citrus」はTOBテレビが力を入れる報道番組の一つであり、視聴率も同時間帯2~3位であった。黒田はその立ち上げや番組構成の考案において局内でも評価されていた。
黒田の朝は遅い。何せ、夕方のニュースを担当しているために帰りが遅いのだ。12時10分、黒田は出社した。出社後はすぐに社屋5階にある報道フロアに向かう。
「おぁようざいます。」黒田はcitrus担当のDやAD、記者、アナウンサーに挨拶した。黒田は、少し滑舌が悪い。
「あ、黒田さん。今日の粗方の編成はこんな感じになってます。」
デスクの橋本美樹が私に言った。橋本さんは、最終決定権があるにもかかわらず、いつもプロデューサーにまで細かく説明してくれる。
「黒田ちゃん!こないだは奢ってくれてありがとね!やっぱ赤丸(焼肉屋の店名)は違うねぇ!」
編集マンの高川裕太が言った。黒田は、高川とは数年前に同じ番組のスタッフとなったのをきっかけに仲が良い。
「おお、やっぱ焼肉はいいだろ?」
黒田はそう返した。
「高川。しっかし、お前はいつも元気だな。何で同じ年なのにそんなに元気が有り余ってるんだよ。」
黒田はさらに続けた。
「いやいや、黒田さんだって二人目ができたんでしょ。少なくとも下の方は元気なんでしょ??まあ、俺もまだ自信あるけどwww」
高川が言った。黒田は、「おいw」と言って苦笑いした。
テレビ業界は、他の業界より猥談が多いような気がする。やはり、華やかで陽キャ的な業界だからだろうか。まあ、楽しくて何よりだが。
16時35分。番組は始まった。
番組のテーマソングが流れる。最近はどの局もこぞって報道番組にJ-POPを使うようになった。そんな中でも、ウチのテーマソングは素晴らしい。いつも、矜持しながら聞いている。
「こんばんは。4時35分になりました。citrusです。」
司会の山本英美が挨拶して、その後はニュースが順調に伝えられた。
いつもニュースがちゃんと伝えられるのは当たり前なので、黒田は副調整室でリアルタイム視聴率とにらめっこしている。「今日は4時台なのに高いな」とか「幹事長の不倫のニュースは野党の話だからやっぱり数字取れないか」とかそんなことを考えながら見ている。
そして、時刻は17時45分になった。TNN(東京ニュースネットワーク)枠と言って、ここから28分間は系列局での放送が確約されている。国内全体で見れば、視聴者が一番多い時間帯だ。
TNN枠のトップニュースは、一昨日に三重県の高速道路で起きた事故のニュースである。軽自動車に乗っていた一家3人が、インターを降りようと急に進行方向を変えた大型トラックに衝突して亡くなったという痛ましい事故である。3人家族というのは自分とも重なるし、もうすぐ2人目の子供も生まれるので、このニュースに見入っていた。
そして、TNN枠も終盤に差し掛かり、物価高のニュースに入った。10年近く前に物価高のニュースが多く取り上げられていて、実際にコメの値段などは急騰した。一旦落ち着いたと思っていた物価が、昨年末頃からまた上がっている。リアルタイム視聴率は4.5%。悪くない。やはり、物価高のニュースは注目されるのか。そんなことを考えていた。
副調整室のモニター(放送されていた画面)には、街でのインタビューが映し出されていた。
イメージ映像に変わった。このイメージ映像は、たしかカメラマンの勝又がたくさん撮ってきた奴の中の一つだったはずだ。「次は高川が作ったグラフか?あいつはグラフ作るのだけは上手いんだから」そう考えていた。
そして、次のグラフの画像に変わろうとしたその瞬間、信じられないものが映し出された。
男性の陰部の写真であった。しかも、勃って大きくなっているものだ。ものすごく卑隈な写真だ。
黒田は目を疑った。頭が真っ白になった。そして、すぐに叫んだ。
「おい!早く戻せ!早く!早く!」
画面が戻ったが、10秒ほどは映ってしまっただろうか。その後、副調整室の中は3秒程度静まり返った。そして、黒田が叫んだ。
「V明けにすぐ山本さんに謝罪の言葉言ってもらって!」
黒田は一見冷静に対応しているように見えたが、このようなことが起きてプロデューサーがそんなに冷静にいられる訳がない。黒田は足が震えていた。
すぐにキャスターの山本が謝罪をした。
「先程、大変不適切な映像が流れてしまいました。全ての視聴者の方にお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。」
そして、CMに入った。CM明けはローカルパートなので、その後同じムードのまま全国放送が続くということはなく、最悪のことは免れた。しかし、関東に関してはこの後も番組が続く。
CM明け、山本キャスターは再び謝罪した。
「繰り返しになりますが、先程、大変不適切な画像が流れました。地上波として考えられない画像でした。重ねてお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。」
そして、その後は一応は何も無かったかのようにニュースが読まれた。
それと同時に編成局長がとんでやってきた。そして、黒田にこう声をかけた。
「わかった。いいから、取り敢えず落ち着け。きっと何とかなる。」




