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悪役令嬢に転生したのに断罪イベントがバグっているようなので、運命ごと書き換えます  作者: カルラ


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第三章:介入の試みと、結果の収束

 昼休みの鐘が鳴る頃には、教室内の空気はすっかり落ち着きを取り戻していた。


 もっとも、その“落ち着き”自体が、どこか作為的に整えられたもののようにも感じられるのだが。


 私は静かに席を立ち、周囲に気取られない程度に視線を巡らせる。


 目的は一つ。


 これから起こる“はずの出来事”を、観測し、そして——阻害すること。


 原作における今日のイベントは、比較的小規模だが象徴的なものだ。


 ヒロイン、リュミエル・フェリシアが階段で足を滑らせ、軽く転倒する。


 原因は、床に残された水。


 そして、その水を用意したのが——エリシア・ヴァルディア。


 つまり、私。


 当然ながら、私はそんなことをするつもりは一切ない。


 むしろ逆だ。


 その“原因”を完全に排除する。


 それによって、結果がどう変化するかを確認する。


 ——極めて単純で、明快な実験。


 私は廊下へと出ると、迷いなく目的の場所へ向かった。


 校舎中央の大階段。


 装飾過多な手すりと、磨き上げられた石の段差が特徴的な、学園の象徴とも言える場所。


 そして同時に、転倒イベントの舞台でもある。


 現場に到着すると、私はまず足元を確認した。


 当然ながら、水はない。


 乾いている。

 完璧に。


 ならば話は早い。


 私は近くを通りかかった下級生に声をかける。


「少しお願いがあるのだけれど」


 穏やかな声音を意識する。


 すると、その生徒は驚いたように目を見開き、すぐに深く頷いた。


「は、はい! なんなりと!」


 ……やはり反応が大きい。


 だが今は無視していい。


「この階段の掃除を、念入りにお願いできるかしら。特に滑りやすい箇所がないように」


「かしこまりました!」


 彼はやや過剰なほどの意気込みで、その場に残り、丁寧に確認を始める。


 これで、水による転倒は完全に排除された。


 仮に誰かが意図的に仕込もうとしても、この状態では困難だろう。


 さらに念を入れるなら——


 私は階段の近くに留まることにした。


 直接観測。


 そして、異常があれば即座に対応する。


 やや回りくどいが、確実性は高い。


 数分後。


 人の流れが増え始める。


 昼食へ向かう生徒たち。


 談笑しながら、あるいは急ぎ足で、次々と階段を通過していく。


 その中に、彼女の姿があった。


 リュミエル・フェリシア。


 友人らしき少女と会話をしながら、ゆっくりと階段へと差しかかる。


 私は無意識に息を詰めていた。


 観察。


 状況は良好。


 床は乾いている。

 周囲に不審な人物はいない。


 つまり——問題は発生しない。


 はず、なのだが。


 次の瞬間。


 ほんのわずかに、空気が歪んだように感じた。


 錯覚かもしれない。


 だが、その直後。


「あっ……!」


 短い悲鳴。


 リュミエルの身体が前のめりに崩れる。


 足元には、何もない。


 水も、障害物も、段差の欠損も。


 それでも彼女は——転ぶ。


 私は反射的に動いていた。


 距離を詰め、腕を伸ばし、その身体を支える。


 軽い。


 想像以上に。


 彼女は驚いたように目を見開き、私を見上げる。


「え……?」


「大丈夫?」


 自然な言葉が口をついて出る。


 これは演技ではない。


 純粋な確認。


 彼女は数秒ほど状況を理解できていない様子だったが、やがて小さく頷いた。


「は、はい……ありがとうございます」


 その声音には、明確な戸惑いが含まれている。


 当然だろう。


 原作では、ここで私が原因となり、彼女は私を恐れる。


 だが今は、その因果が成立していない。


 それどころか、私は彼女を助けている。


 ……にもかかわらず。


 私は、はっきりと感じていた。


 何かが“成立しかけている”気配を。


 周囲の視線。


 ざわめき。


 そして、その内容。


「今の……危なかったな」


「でも、どうして転んだんだ?」


「まさか、誰かが——」


 疑念。


 原因の不在にもかかわらず、“原因を探そうとする流れ”が生まれている。


 そしてその矛先が、どこへ向かうか。


 考えるまでもない。


 私は静かにリュミエルを立たせ、周囲を見渡す。


 視線が、ほんのわずかにこちらへ集まる。


 その中に、確かに含まれている。


 ——疑い。


 理由はない。


 証拠もない。


 それでも。


 “そうであるべき”という空気が、形成されつつある。


 私は小さく息を吐いた。


 なるほど。


 理解した。


 この世界は、原因ではなく——


 結果に収束する。


 転倒という結果。

 悪役令嬢が関与しているという構図。


 それさえ成立すれば、過程は問われない。


 むしろ、後付けで補完される。


 非常に厄介だ。


 論理の順序が逆転している。


 私は内心で冷静に整理する。


 今回の実験結果は明確だ。


 原因を排除しても、結果は発生した。


 つまり、単純なフラグ管理では回避できない。


 必要なのは——


 “結果そのものの再定義”。


 そこまで考えたところで、視線がぶつかる。


 王太子、レオンハルト。


 彼は静かにこちらを見ていた。


 その目に浮かぶのは、明確な敵意ではない。


 だが、完全な信頼でもない。


 どこか曖昧で、揺らいでいる。


 まるで、彼自身もまた、何かに引っ張られているかのように。


 興味深い。


 非常に。


 私は軽く会釈し、その場を離れる。


 これ以上留まれば、余計な“意味付け”が付与される可能性が高い。


 廊下を歩きながら、思考を巡らせる。


 これは想定以上だ。


 単なるイベントの再現ではない。


 むしろ——


 “世界そのものが物語に従おうとしている”。


 だとすれば。


 やるべきことは一つ。


 逃げるのではなく。


 壊すのでもなく。


 ——利用する。


 私はゆっくりと口元に笑みを浮かべる。


 優雅で、そしてわずかに挑発的なそれ。


 悪役令嬢としては、むしろ相応しい表情。


 ただし、その内側で考えていることは、原作とは大きく異なる。


 この“歪んだ物語”を、どう書き換えるか。


 その設計図を、今まさに描き始めているのだから。













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