第8話
その後、俺は失踪した親友を案じながらも大学生活を送った。
翔太も由美もいなくなり、いつも側にいた人がいなくなった日々は味気ない。
だが友人がゼロになった訳ではないので、普通の生活は送る事ができている。
花を買って翔太のおばさんを見舞ったら、泣かれてしまった。
「きっと、何かがあってフラッと遠くに行って、すぐ帰ってくるに決まってます」
ありきたりな事しか言えなかったが、すっかりやつれた翔太のおばさんは「ありがとう」と言ってくれた。
「翔太は私のすべてなの」と言って泣き崩れていたおばさんを見ると、やるせない気持ちになり、彼女の話をある程度聞いたあと、俺はお茶菓子をいただいて赤根家をあとにした。
「仕方がないんだけど、ボロボロになったおばさんを見ると、凄く悪い事をした気持ちになって……」
夕食後に母と話していると、彼女はいつもと変わらずさっぱりとした様子で言う。
「仕方ないじゃない。母が子供を心配するのは当たり前。でも智也のせいではないから、あなたが必要以上に申し訳なく思う事はないのよ。ずっと付き合いのあった親友だから、智也も凄く心配だと思う。でも、人は自分の手が届く範囲のものに、手を伸ばすものだって前から言ってたでしょう? 智也がどれだけ心配しても、あなたは警察じゃないし、特殊な訓練も受けていない。翔太くんを探すのはプロに任せて、まずは普通に暮らしなさい」
「……そうだね」
「翔太くんが戻ってきた時に、智也が〝いつもの〟日常を守っているっていうのも、大事な役割なのよ」
「……うん、分かった」
「翔太くんも、自分のせいで智也の勉強が疎かになったと知ったら、きっと悲しむと思う。『何やってるんだよ』って怒ると思わない? だから智也はちゃんと勉強して、予定通りいい会社に就職できるよう、努力しなさい。こういう事を言うと『冷たい』と言われるかもしれないけど、どれだけ仲が良くても、しょせん他人は他人なの。心配するのはお風呂に入っている時とか、寝る前とかにして、あとは自分のすべき事をしなさい」
「分かった。ありがとう。……やっぱり母さんと話してると、気持ちが落ち着くよ」
「そう? なら良かった。最近、人間関係が上手くいっていないみたいだけど、落ち着いた頃になったら、また出会いを求めてみたら?」
母に言われ、俺は「んー……」と苦笑いする。
「彼女を作るのは、当分いいかな。なんか由美の件で恐くなっちゃって。どんな人にも裏があるとは思っていたけど、なんだか女性不信気味になってる。みんながみんな、母さんみたいに裏表のない人じゃないからね」
「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。……でも、臆病になりすぎないようにね。いつかは智也だって結婚するんだから」
「いつかね」
俺は半笑いで言い、スマホに目を落とす。
母子家庭同然で過ごすと、マザコンだと言われがちだが、母は必要以上に俺に干渉しないし、意見を言う時も冷静だ。
うちみたいな理想的な親子関係を築けている家は、なかなかないと自負している。
自分を無償で心配してくれるのは親しかいないし、人生の先輩でもある母は、変な感情から歪んだアドバイスをしない。
常に子供である俺を心配してくれているから、説教と思える言葉だってすべて意味があると分かっている。
「マザコンじゃないけど、今は母さんがいればそれでいいかな」
照れくさいのを誤魔化して明るく言うと、母は優しく笑った。
「ありがとう。智也の事は、お母さんがずっと守ってあげるからね」
そのあとも、俺は母が作ってくれる美味しい肉料理を食べ、いつもと変わらない日々を過ごす。
家の地下にはパントリーやワインセラーがあり、業務用の冷蔵庫、冷凍庫も一台ずつある。
お陰で、キッチンの冷凍庫の三分の一は大好きなアイスで占められている。
料理好きな母なだけあり、地下には豊富な食料が眠っている。
『災害があっても、智也を飢えせる事はないからね』と言っていたから、感謝すべきは母の愛だ。
母には常に感謝し、何があっても味方でいないと。
父さんが不在がちな中、母を守れるのは俺だけなんだから。
完




