第5話
『まったく! ガキが色気づいてるんじゃないの!』
バシッと頬が叩かれ、熱を持つ。
一瞬頭がクラッとするほど強い力で頬を叩かれ、私は乱れた髪の間から母を睨んだ。
母は憎しみが籠もった……と言っていい目で私を睨み、語気荒く言う。
『なんなの! その目は! 何か言いたい事があるなら言いなさい!』
『……っ、好きな人ができたぐらいで何なの!? お母さんだって結婚して子供を産んだくせに!』
口答えをすると、再び頬――、というより頭を叩かれた。
『何を想像してるの! いやらしい!』
母はそのあとも何度も私を叩き、ついには蹴ってきた。
ごめんなさい、なんて言わない。
私はただ、同じ中学の同級生を好きになっただけだ。
告白もしていないし、まだ友達同士の感覚で一緒に帰っただけ。
なのに偶然母に見つかってしまい、烈火の如く怒られた。
今後、もうあの子は私に近づかないだろう。
こっちは失恋確定で悲しんでいるというのに、母は単なる所有欲で私を罰している。
『お母さんなんて大嫌い!』
涙混じりに叫ぶと、一際強く頭を叩かれた。
『お前なんて産むんじゃなかった! 子供は圭太だけで十分!』
『知るか! クソババア!』
圭太は四つ年下の弟だ。
姉の私は何をしても母からの当たりが強く、母は弟だけを溺愛している。
そんな母親、私だって願い下げだ。
私と母は常に憎み合っていた。
大人になってから知ったのは、母はお見合いで父と結婚し、夫婦間は常に冷え切っていたとの事だ。
物心ついた時から父は私に冷たく、外でお酒を飲んでは母ではない女性と一緒にいた。
浮気された母は、行き場のない感情を私に叩きつけるしかなかったのだ。
愛情も、独占欲も、憎しみも、何もかも。
母は父を愛したかったのに愛し返されず、なのに子供はできて、その子を素直に愛せばいいのか分からずにいたのだろう。
私は両親の子ではあるけれど、愛の結晶ではない。
そして母は父が望んだ〝男の子〟を〝子供〟とし、私の事は〝子供ではない何か〟と決めたようだ。
母は圭太には普通の母親らしく振る舞い、好物のカレーやハンバーグを作って『美味しい?』と尋ねている。
私が何を食べても感想を聞かず、怪我をしても無視。
病気をした時に病院へ連れて行くのは、そうしないと世間的な母親としての体面を保てないからだ。
運動会の応援をするのは弟だけ。
三者面談では弟の事だけを熱心に聞き、私の時は気のない様子。
そんな育てられ方をされた私が、まともな女に成長する訳がない。
母は私を愛していない。
大切なのは圭太だけ。
なのにどうして?
どうして、私が好きになった男の子をスコップで何度も殴りつけるの?
格好いい顔がグチャグチャになっても、鬼女のように顔を歪めてスコップを叩きつけるのはどうして?
私が彼を好きになったから、私への嫌がらせでそんな事をしたの?
それとも……、私に近づく男が許せなかった?
私は母が狂ったように男の子を叩き殺し、布を巻き付けて縛り、ブルーシートに包んで車のトランクに押し込むのを、ただ見守るしかできなかった。
その後、その子は行方不明となり捜索願が出されたが、どこに埋められたのか、彼が発見される事はなかった。
『男なんて好きになっても裏切るんだから、最初から好きになんてなるんじゃない。もしも好きになるなら、絶対に自分を裏切らない人にしなさい。それに簡単に体を許したら、すぐに自分のもの扱いしてつけ上がるわ。そんな種馬、ちょん切ってしまえばいい』
珍しく母が穏やかに過ごしている時、彼女は庭木の剪定方法を私に教えながらそう言った。
彼女は最後に静かな怒りを込め、バチンッと枝を切り落とす。
『いい? 女は弱いから男に取り入るしかできないの。私は学がないしお父さんに捨てられたら生きていけないから、仕方なく家にいる。でも女は弱くて卑しいから、他人のものに手を出して優越感に浸ろうとするものでもあるの。女は寄生虫よ。……あんたは絶対にそういう女になるんじゃない。男に捨てられたくないなら、一人でも生きていける強さを手に入れなさい』
母は私と圭太が成人したあと、父と浮気相手を〝剪定〟して捕まり、精神病院に入って二度と会えなくなった。




