第3話
液晶画面には〝U子〟というSNSアカウントがあり、マスクをした女性が露出した格好で、扇情的なポーズをとっている写真が、延々と投稿されている。
中にはモザイクの掛かった〝本番〟の動画もあり、【続きを見たい人はこちらへ】とオンラインサロンに続くURLが貼られてあった。
「……似てない?」
気まずそうに言われ、俺はU子の目元を拡大して見る。
確かに言われてみると、二重の感じや目の形が由美に似ているかもしれない。
「密かにこのアカウントが広まってて、それで退学になったんじゃないかって噂が流れてるんだ」
翔太の言葉を聞き、俺は言葉を失う。
顔を隠しているし、これが由美だと断定できない。
ただ、もしもこれが由美だったなら、酷い裏切りを受けたように感じられた。
胸の奥を深くえぐられたようで、何も言葉が出てこない。
裸の写真があるのに、まったく興奮しない。
由美が他の男とセックスしていたと思うと、吐き気がこみ上げる。
俺は処女厨じゃないし、由美は可愛いから今まで彼氏がいたとしてもおかしくないと思っている。
でも〝これ〟は想像していなかった。
「……ごめん。こんなの見たくなかったよな。でも、松戸さんの事を心配してるようだから、情報の一つとして……」
翔太は決まり悪そうに言い、スマホを閉じる。
「……いや、教えてくれてありがとう。不意打ちで知らされるより、翔太から教えてもらったほうがまだマシだ」
「今日、由美のアパートに行ってみる」
彼女は関東近郊出身で、都内のアパートで一人暮らしをしている。
由美は仕送りしてもらいながら、バイトをして奨学金で大学に通っていると言っていた。
そういう友達は大勢いるから何とも思わなかったけど、デートする時にあまり金のかかる事は好まなかったので、多少彼女に合わせていた感じはある。
翔太は『驕ってとか、あれ買ってこれ買ってと言う女よりずっといい』と言っていて、その通りだと思っていた。
反面、気になっていたお洒落なカフェに行けなかったり、一緒にテーマパークに行けなかった事を残念に思っていた。
『ごめん、私お金ないから』
何かを誘うたびにそう言わせてしまう事をとても申し訳なく感じたし、俺と由美の間に見えない壁があるように思えた。
「……金に困ってたのかな」
ボソッと呟くと、翔太はベンチに座っていた脚を伸ばして言う。
「ダメージ受けてるところ、悪いけどさ。あんまりこれ以上関わらないほうがいいんじゃないかな。……俺たち、これから大企業の内定をもらえるように、就活するだろ? 人事部の人ってSNSをチェックしてるし、交流関係も見てるって。あのアカウントが松戸さんだって決まった訳じゃないけど、……怪しいなら近づかないほうがいいと思う」
由美を切り捨てるような事を言われ、言い返したい気持ちがこみ上げるが、冷静な自分が「こいつの言う通りかもしれない」と囁いてくる。
「智也が松戸さんに本気だったのは分かるけど、学生時代に好きになった人と結婚する確率って、思ったより低い。初めて付き合った彼女だから、思い入れは強いだろうけど、これを教訓にして〝次〟にいったら? 俺も恋愛については人の事言えないけど、失敗して場数を踏まないと、本当にいい人って分からないと思う」
「……サンキュ。……ちょっと考える」
「まぁ、びっくりするよな。普通の人と思っている人が、実は……、みたいなの」
「確かに。由美って凄くしっかり者で、常識人に思えたから……」
力なく言った俺の背中を、翔太はバン! と叩いてくる。
「こういう事を言うの、空気読めてないかもしれないけど、女は松戸さんだけじゃないって! もし何だったら、イケてない男同士、みんなで合コン行こうぜ」
明るく誘ってくれる翔太に俺は「サンキュ」と礼を言い、少しだけ前向きな気持ちになった。
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「……そう。そんな事があったの」
帰宅して夕食をとったあと、俺はいつものようにソファでスマホを弄りながら、母に今日あった事を打ち明けていた。
恋愛関係をすべて親に言うのはガキっぽいかもしれないが、母は子供の頃から過干渉せず、〝大人〟の態度を貫いて接してくれていた。
だから何かに迷った時も、親に相談するというより〝年上の相談相手〟に話す感覚でアドバイスを受けられた。
「残念ながら、お母さんも翔太くんと同じ意見かな。お母さんも学生時代は人並みに恋愛をしたけど、勿論、初恋がずっと続くなんて事はなかった。学生時代の友人も、当時は『一生の親友』と思っていたけれど、そうはならなかった。大学に進学して、就職して、環境尾が変わるごとに新しい交友関係が広がっていく。そうなると、滅多に会えなくなる以前の友人は、さほど重要じゃなくなっていく」
俺は黙って母の言葉を聞いていた。
先日の一人暮らしの件は、願いが叶わなくて少しムッとしてしまったが、確かに母の言う通りだ。
母にはずっと昔『見返りなく心配してくれるのは親ぐらい』と言っていた。
確かにこれから体調を崩したり、仮に金に困る事があっても、友達を頼れば迷惑を掛けてしまう。
中には、友達と思っていたのに簡単に見捨てる奴もいるだろう。
それを冷たいと思うかはそれぞれで、彼らにも彼らの人生、事情があると知れば、また違う印象になる。
だから父が不在の今、母の言う事を聞くべきだと感じている。
「社会人になったあとも、何人かとお付き合いしてから『結婚したい』と思う人が決まると思う。ドクターショッピングっていう言葉もあるし、最初に診てもらったからといって、その医師が自分にとっての最高の医師とは限らないでしょう? 性格的に合わない人がいるかもしれないし、診察に疑いがある場合もある。人だけじゃなく、道具だって似たような物を幾つも使い比べてみて、その中から自分のベストを決める。……物と並列に扱うべきじゃないけど、恋人も何人かとお付き合いして、『この人だ』と思った人と結婚するものだと思う。その過程に上手くいかなかった人がいるのは当たり前」
母に言われ、俺は深く納得していく。
「……確かに、初めて付き合った人が運命の人……、なんて、漫画みたいな事ないもんな」
「合わないと思ったら気軽に別れればいいのよ。今はまだ学生だし、付き合ったり別れたりしても、慰謝料を払う事はない。何事も経験だよ」
「……うん、分かった。……もう少ししてショックが癒えたら、翔太が合コン行こうって誘ってくれたし、気晴らしに行ってくるかな。そういうのでいい人と出会えるとは思ってないけど、ま、ものは試し、何事も経験で」
「いーんじゃない? 若いうちは沢山経験しなさい」
母と話したあと、かなり気持ちがスッキリしたので風呂に入る事にした。
その一週間後、翔太が行方不明になった。
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