第2話
「論外。都内にある家から大学に、十分通えるのに何のメリットが? そりゃあ、自立心を養うのは大事だし、いずれの時のために一人暮らしのスキルを養うのは大事。でも家事は教えてあげたじゃない。私が遅い時もご飯作ってくれるし、掃除も洗濯もできる自慢の息子よ? うちは経済的に余裕のあるほうだけど、お金が余ってる訳じゃないの」
今までと同じ事を言われ、俺は溜め息をつく。
「智也の頑張りを否定したい訳じゃないけど、バイトで稼いだお金で払える家賃なんて、たかが知れてる。今住んでいる自分の部屋より狭いワンルームで暮らせる? 言っておくけど、智也が払える家賃で暮らせる物件は都心部にはないわよ。あるとしても、トイレが共用とか、防犯がなってないとかそういう場所。かかるお金は家賃だけじゃなくて、光熱費も食費もかかる。その上で友達と遊ぶ余裕ができると思う? 『困ったらお母さんに頼めばいい』って仕送りをさせるつもりなら、最初から無駄なお金を使わせないで」
俺はスマホの液晶を何とはなしに見て、ソファの上で胡座をかいた。
「通う大学が地方にあるとかなら別だよ? 都内に住んでいて、都内の大学に通えてるって、とてもありがたい事だと気づきなさい。大学の友達の中には地方から来た子もいるだろうけど、カツカツの生活をしてると思う。今は実家暮らしで、住む場所にも食べるものにも困っていないし、スマホ代も引き続きお母さんが払ってあげてるじゃない。だから服を買ったり、友達とテーマパークに行けたりしてるの。……あんたはもう少し現実を見られると思っていたけど、もう少しリアリストになりなさい」
母の言葉が終わったあと、リビングに気まずい沈黙が落ちる。
母は溜め息をつき、フォローするように付け加えた。
「今、無理をして一人暮らしスキルを得ても、楽しい大学生活は送れない。学生のうちはみんなと同じ思い出を共有してこそじゃない。スマホも持ちたいと言ったから、うちは母子家庭みたいなものだし、心配もあったから早めに買ってあげた。実家暮らしをしているから、車の免許もとれたし、友達と夏休みに旅行にも行けた。一緒に旅行に行った翔太くんたちも、実家から通っているでしょう? 地方から来た子は一緒に行けなかったって言ってたわよね?」
言われる通りなので、頷く。
「一人暮らしして培えるのは、家事をしてくれる母親のありがたさとか、お金の管理、誰に言われなくても自主的に大学に通えるかとか、そういう事だと思う。でも智也は家事ができるし、今のところ必要ないと思う。大学生になって免許もとって、お酒も飲めるようになって、大人になったように感じているだろうけど、あなたはまだ子供なの。人生九十年として、親に面倒を見てもらえるのは約二十年。社会人になり、結婚してからのほうが圧倒的に長いの。……だから今は親に甘えて、好きな事をできる喜びを味わいなさい。無茶できるのなんて、大学時代ぐらいしかないんだから」
俺はもう一度溜め息をつき、スマホを閉じた。
「……分かったよ。ごめん」
「意地悪で言ってるんじゃないのよ。お母さんの若い頃は、もっと考え方が古かったから、智也みたいに自由に生きられなかった。だから自分のようになってほしくないから、言ってるの」
「うん、分かってる。ありがと」
**
週末、由美を母に紹介した。
由美は映画サークルで意気投合した人で、可愛い人だと思っている。
身長は平均的で中肉中背、肌が綺麗でメイクもやりすぎず、服もお洒落に気を遣い過ぎている感じではなく、自然体なところに惹かれた。
いかにも色んな事に気を遣っています! という女子より、一緒にいて楽そうに思えたからだ。
かといって地味ではないし、自分に似合う物を把握しているタイプだ。
普段、母と二人暮らしみたいなものだし、父が単身赴任になってからは母に育ててもらったと言っていい。
うちの母は割と常識的とは思っているけれど、世間では息子が彼女を紹介するのを、快く思わないとかも聞くので、最初はドキドキしていた。
だが母はあっさりと由美を受け入れてくれ、気がついたら三人で和気藹々と話せていた。
安心した俺は、母公認で由美と付き合う事になり、その後も楽しい大学生活を送っていた。
だがある日、由美が大学に来なくなった事に気づいた。
メッセージを送っても返事がなく、由美の友人に聞いても会っていない、連絡がつかないとの事だ。
心配していた時、大学の空き時間に友人の翔太に言われた。
「松戸さんの事だけど、……これ、噂になってるの知らない? 本当は教えないほうがいいと思ったんだけど……」
そう言って、彼はスマホを見せてきた。




