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前世編/幸せだった③


 ——————


 確かにローアルの傷はさほど深くはなかった。

 だけど簡易な手当てしかされてなかったので、煮沸した清潔な布で患部を拭き、薬を塗り、新しい包帯を巻き直した。


 剣が肌を掠めただけとはいえ、そこから感染症を起こしてしまうかもしれないから。



 「もうっ。傷口が完全に瘡蓋かさぶたになるまで剣の稽古はお預け。

 私がしっかり見張るんだから、覚悟しておいてね。」


 怒りが抑えられず、私はベッドにローアルの肩を押しつけて座らせた。

 しかし、なぜかローアルは嬉しそうに笑う。


 「?」


 「君にこんなに心配されるなんて。

 たまにはケガするのも良いもんだね。」


 「!?」


 美しい薄紫色の瞳に私の姿が映った。

 ローアルはいつも感情を簡単に表に出す人ではない。

 不意打ちを食らい私はすぐに顔を赤くした。


 「ん?私は怒ってるのよ?」


 「分かってるよ。」


 そう言いながらもやっぱりローアルは笑う。


 「うん?何が分かってるの?」


 「秘密。」


 反省しているようで、実は私をからかっているようにも聞こえる。

 ちょっと納得できなくて、頬を膨らませながらじっとローアルを見つめた。


 本当にずいぶん成長したなあ、と思う。

 出会ったあの日は互いに男女の違いも分からないくらい小さく痩せ細っていたのに。


 身長はとっくに私を追い越し、筋肉もついた。

 華奢だった身体は硬くなり、喉仏も出た。

 声もちょっと大人っぽく変わった。


 凍傷で腐る寸前だった手足は今では健康的な肌色で、大きくたくましくなった。

 ゴワゴワした、どこにでもいるような赤茶色の髪をした私とは違い、さらさらとした銀色の綺麗な髪の毛。


 あと、垂れた眉毛がとても愛らしい。


 「エステレラ。あの雪の日に、君に出会えて本当に良かった。」


 ローアルは目線をあげて私の頬をそっと撫でた。温かい手。

 あの日を思うと今でも胸が熱くなる。


 「こちらこそだよ、ローアル。

 私を助けてくれて。私を、あの時見つけてくれて、本当にありがとう。」


 「ううん。こちらこそ僕と出会ってくれてありがとう。

 ねえ、エステレラ。僕は……」


 「……?」


 何かを言いかけてローアルは恥ずかしそうに目を伏せた。


 時々、彼はこうやって言葉を飲み込むことがあった。

 確かに続きは気になるけど無理に言わせる必要はない。

 言いたくなった時に聞ければそれで十分だ。



 「エステレラ。僕たちは月と星だ。離れることはないよね。きっと。」



 耳を澄ましてようやく聞き取れるほどの声で、ローアルが呟いた。

 けれど私はどうしても眠くて、結局心の中で応えていて……



 私たちは月と星。離れることはない。

 うん。私もそう思うよローアル。


 私たちは運命のように出会い当たり前のように一緒にいたよね。


 優しくてけれど隠れた芯の強さを持っている。

 そんなあなたが私はとても大好きだ。


 暮らしはまだまだ貧しいけれど、お互いに助け合って、時にケンカしながら許し許され、互いを尊重し合う関係。


 あなたといるだけで穏やかで、毎日とても満たされる。


 私は今でも十分幸せよ、ローアル。


 だから私達はこのまま大人になって、当たり前のように結婚するんだろうと思っていた。

 けれどそれは大きな間違いで——————




 『お父さま。

 わたくし、この子を飼いたいわ。』

 



 この帝国の皇女の一言が、全てを引き裂いた。



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