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前世編/幸せだった①


 ————スラム街には人の居なくなった廃墟が多数あった。



 ローアルはとある廃家の前に立ち、手慣れた様子で割れた窓から中へと侵入していった。

 私は慌てて後を追いかける。

 床には散乱した食器や薄汚れた衣服が散らばり、階段の手すりや棚には分厚い埃が積もっていて、とても綺麗だとは言えなかったけれど…


 やがて暖炉のある大きな部屋へ辿り着いた。

 彼は手慣れた様子で、積んであった木の枝を暖炉の中に無造作に放り投げる。

 次に丸い棒切れを擦り合わせて火種をつくり、器用に火をつけた。



 「ほら、もう少し火のそばにおいで。」



 振り返ったローアルは、優しく私の手を取り暖炉前へと誘導した。

 目の前で赤い炎が揺れ、ぱちぱちと音を奏でる。

 暖かかった。とても……


 あのままだと私は、暖の取り方も知らずに死んでいただろう。

 


 ———ここは、普段彼が寝泊まりしている場所だそうだ。


 確かに、寝床に、綺麗な食器、よく手入れされた狩猟道具などが置かれていた。


 「良かったら、これと…あと、これも食べて。」


 同じ並びで暖炉の前に座ったローアルは、狩で捕まえたという野うさぎの肉の燻製と、器に入った水を手渡してくれた。


 喉が渇いていた私は体に押し込むように水を飲んだ。しかし燻製はよく噛まずに飲み込んでしまった。

 もう何日も飲まず食わずで、意識が遠のきかけていたところだったから。


 体が温まり、喉の乾きと空腹が満たされるだけで確かに生きていると感じることができた。


 そのうち温かな涙が頬の上を流れていった。

 無気力に全てをあきらめ、それでいいと思っていたのに本当は私は生きたかったのだ。



 「ほんとうに、ありがとう。ローアル…?」


 「いいんだ。困った時はお互いさまだよ。

 ところで君を呼ぶのに名前がないのは不便だから、僕が名前をつけてあげる。

《エステレラ》はどうかな?」


 「エステレラ…?すてきな名前。」


 「《星》って意味なんだよ。

 僕のローアルという名前も《月》という意味なんだ。」


 「月?そうなの。

 あなたの名前も本当にすてきね。」


 ふいに視線をあげると、ローアルの美しい薄紫色の瞳の中に私が映っていた。

 暖炉の炎に照らされて、ゆらゆらと揺れる。

 それに気づいたローアルは恥ずかしそうに視線を逸らした。

 ただその横顔は、少し嬉しそうだった。



 ———ローアル。とても優しい人だ。

 

 

 死にかけていた私に食事と水を、そして温もりを与えてくれた。


 感謝しても、しきれない。

 ローアルは間違いなく私の救世主だ。

 この恩は決して忘れることはないだろう。


 静かに燃え盛る暖炉の前でまた目が合う。

 だがローアルは、今度は目を逸らさずに微笑んだ。


 「エステレラ。良かったら僕達、一緒に暮らさないか?」



 ———これが私達の始まりだった。



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