2話:付き合って1ヶ月目の違和感と衝撃の光景に、うさぎ獣人はこう考える。
「なんで花束の数が増えんだよ」
その日の夜、俺は早速後悔していた。
確かに夜にまた来るとは言っていたが、追加の花束を持ってくるとは思わないだろ。
いつものよりでかいそれを嬉しそうに渡してくるシグには悪いがこれ以上は限界だ。
「これ以上置き場ねえんだよ。気持ちはわかったからもう持ってくんな……てかなんで花なんだよ」
「え……」
受取拒否。
今までは半ば無理やり押し付けられて流れで受け取っていたが、これ以上の店内フローラル化はマジで花屋になるしかなくなるから無理だ。それに、どう見ても高いこれを突き返されたら少しはシグも嫌な気持ちになるだろう。
シグが勝手にやってる事だが、こいつ目線の今回のこれは恋人同士になって初のプレゼントであって、それをいきなり拒否られるのは面白くないに決まってる。
流石に少し怒ったりするかと様子を伺っていたら
「君が……綺麗だって言ったから、好きだと思って……」
「は?」
怒られた犬みたいにしょんぼりしてシグがポツリと呟く。そのまましょぼしょぼと並べた言葉を要約すると、俺が初めて花束をもらった時に
『なんで俺に?……まあ、綺麗だとは思うけど』
と言ったのを聞いて俺が花を好きだと勘違いして送り続けてたらしい。
「こんな僅かな言葉尻捕まえて高え花束買ってたのかよ……」
「君の好きな物を他に知らなかったから……」
「俺は道具屋やってっから、花より工具とかのが好きだ」
「仕事道具にはこだわりがあると思って……」
何も考えてないようで、一応考えての選出だったらしい。なんか毒気が抜かれてしまって、そのまま立たせとくのも気まずいので中で茶を勧める。
そのままなんとなく世間話をしてその日は解散した。
◇
それから半月、シグは毎日朝晩うちに寄ってはお茶を飲んでその日あった出来事なんかを話して帰るようになった。
手土産は俺が好きだと言った菓子に変わり、そこまで嵩張らなくなっている。
俺はというと、愛想よく振る舞う義理がないので特に可愛いことも言わなければ、シグの発言に何かあれば強い言葉で突っ込んだりしている。
服装だって、うさぎ獣人が期待されるようなふわふわした物じゃなく、薄汚れた仕事着だ。
一般的にうさぎ獣人と付き合いたがるような奴が望む、可愛くて、素直で、お人形みたいな行動も格好も一切していない。
だから、そろそろ幻滅されて向こうからやっぱなしって言われると思ってたんだが
「なお前さ、なんか付き合ってみて思ってたよりつまらなかったとかねぇの?」
「ない」
「思ってたのと違うとかあるだろ?俺割とうさぎ獣人らしくねえ自覚あるし」
「思ってた通り素敵だよ」
シグは終始この調子だ。
この国では様々な種族がいるが、俺も含めて多くの人が種族らしさという目線で相手を見ることが多い。俺達は皆、姿形からして違う上、種族が多すぎるから、この種族はこうだっていう先入観で物事を進めるのが一般的だ。
それは仕事だけに関わらず、恋愛だってそうで、雑誌やテレビでは種族ごとにこういうところに行くといいとか、プレゼントはこれ!とかが特集される。
俺が今まで付き合ったことのある他種族の女の子ももれなくそうで、最初は俺の見た目で近づいてくる割に、中身が可愛くないとか言葉遣いが似合わないとか言って向こうからきたのに振られることが多かった。
だから、こんな女を選り取り見取りだろうエリート宮廷魔術師様がしがない道具屋のうさぎ獣人に声をかけたのも、可愛いから癒しが欲しいとかそんな理由だと思っている。
……思っていたが、シグは胡座をかいて煎餅を齧る俺を見て嬉しそうにしてるだけで、何も言ってこない。
もっと、お菓子はマカロン食べて!とかそういう指示でも飛んできそうなのに俺が渋いおつまみをボリボリ食べてもニコニコしている。
変わった趣味をしてんのかもしれないけど、異種族の奴から何も言われずに過ごせるのは少し楽だと思った。
◇
作戦のため付き合い初めて1ヶ月が経ったこの頃、俺にはもう一つ気になっていることがあった。
それは、シグが俺に何も言ってこないというのが、俺の行動にだけじゃなく、所謂恋人っぽいことをしたいとかそういうことも含めてだということだ。
付き合いたいって言ったのはあいつなんだから、そういう欲求はあるだろうに一切言ってこない。抱きしめられたのも最初の告白を了承した時だけだ。
俺は一切その気はないから助かってるが、俺だって男だからもし好きな相手と付き合ったらそういう事がしたくなるのはわかる。だから、この違和感に対して俺は一つの仮説を立てた。
(こいつ、もしかして縁談避けに俺を使いたいんじゃねえか?)
エリート宮廷魔術師様ともなれば、縁談も多く舞い込むだろう。そこで、異種族の男と付き合ってますってのは断る口実としてなかなか強いカードだ。元々の知り合いなら気まずさとかあるだろうが、俺とこいつはたまたま知り合っただけの他人だから都合もいい。そう考えると合点がいった。
それならそうと最初から言えよって話ではあるが、シグはなんというかマイペースなところがあるので説明を忘れてたんだろう。
最近では俺の職場のやつからも顔を覚えられて、話す様になってきたシグだが、俺にとってこいつは言葉数は多くないが、意外と仕事へのリスペクトがあり話してて気が楽なやつという認識になってきた。
最初の怒涛の押しかけはやばいと思うし、今でも引いてるが、変わった友達だと思えばこうして話したりするのは楽しい。
そんなことを考えながら、俺はすっかりシグ専用になったマグカップを洗いに仕事場の流しに足を運んだ。
朝使ったそれは昼の今に洗っておけば夜には乾いて使える様になる。
職場のちょっと奥まったところにあるそこで他の洗い物とともにそれを片付けていると壁一枚隔てた裏手に人の気配を感じる。
壁についた窓から何の気なしに外を見ると、この時間に見るはずのない銀髪が見えて俺は持っていたカップを取り落としかけた。
この時間シグは城で仕事してるはずだ。抜け出して遊びにくる様な奴ではないし、何しにきたんだとこっそり覗いていたら――
うちの店の看板娘、マリに何かを渡してシグは嬉しそうに笑っていた。
俺と違って、うさぎ獣人らしくふわふわした愛らしい笑顔を浮かべた彼女はそれを受け取ってシグの背に触れ、それに手を振ってシグは帰っていく。
そんな、何でもないはずの光景なのに、それをみた俺の心は真っ暗で、流しの水がいっぱいになって足元を濡らすまで動く事ができなかった。
洗い物を片付ける事もできず俺は仕事場に戻り、目の前の業務に没頭する。何も考えたくなかったから。この後どんな顔してシグに会えばいいのかもわからない。
そうして泥みたいに疲れて迎えたその日の夜、シグは初めてうちに来なかった。




