特訓再開
放課後、学校が終わると人目を避けるようにして裏口から学校を後にする。悪いことをした気分だが断じて潔白だ。
普段通る機会のない裏道は正門と違って静けさに包まれている。どうやら数名こちらから下校する生徒も居るようで、何度か目があって会釈される。
「すっかり有名人だね〜」
七瀬は呑気そうに手を頭の後ろで組んでお気楽なことを発する。
そしてエリスの方を向いて笑顔で話しかける。
「学校、どうだった?」
「まだ1日目ですけど、新鮮で楽しかったです!」
橘からすれば、学校に行くというのは至極当然な日常の行動だった。ただ、改めて初めて学校に行きこんなにも笑顔で楽しそうに話すエリスを見て、その日常の楽しさを改めて実感するのだった。
季節は梅雨入り前に差し掛かっていた。連日30度を超える中で帰宅するだけでも気がつけば背中が汗をかいている。
「そういえばこの前異世界行けなかったんだけど今日大丈夫かな?」
家に着く前に七瀬は思い出したかのように話題を変える。それを聞いたエリスは首を傾げながら
「魔法切れとか・・・?何か体調が悪かったりしました?」
と思いつく限りの原因を話す。
「ううん、いつも通りだったよ」
そういえばその日は七瀬たちは異世界に行けなかったものの、エリスは普通にこちらの世界に来ていた。
そのことからきっと七瀬自身に何か問題があって行けなかったのだろうという結論に至った。
帰宅して異世界に行くためにいつも通り魔法を使うと、今度はしっかりとゲートが出てきた。
「やっぱり体調の問題なのかな〜?」
そんなことを話しながら3人は異世界に向かうのだった。
「今日からは実践訓練だ。着いて来い」
着くや否やいきなり剣を担いでどこかへ連れて行かれる。今日から実戦ということで七瀬とエリスも参加することになった。
馬車に乗り、再び街を出て高原を駆け巡る。日差しが照りつけてくるが、現実世界と比べてそこまで熱くない。異世界なので四季があるかどうかは分からないが、体感少し暑いぐらいで過ごしやすい気候だ。
高原を爆速で飛ばして行くと、見覚えのある洞窟に到着した。
「今日はここに潜るぞ。初回だからそこまで深く行かないが危険だから覚悟しとけよ」
この洞窟は一番初めに異世界に来た時にエリスに案内された場所だ。そして調子に乗って魔法を天井に放ったせいでその後とんでもない目にあったある意味で思い出の洞窟だ。
そのことを思い出して時々エリスの方をチラチラ見る。するとそれに気づいたエリスは笑いながら
「もう前回みたいなドジは踏まないので安心してください!」
っと魔法の杖を正面に掲げてウィンクをする。
そしてその調子に乗る態度であんな目にあったんだろうとライネルに叱られたエリスはその後10分間は無言のままだった。
少し歩くと空気がひんやりして雰囲気が変わる。どこか全身で覚えている懐かしい感覚だ。
「いいか、この先は四方八方どこから襲われるか分からない。一応特訓だから極力お前さん達に任せるがいざと言う時はすぐに割って入る。だから安心して思う存分失敗してこい!」
なんと頼もしいセリフだろうか。その言葉を後ろ盾にしてここからは3人が先頭を歩くことになった。
「ちょっと橘くんちゃんと歩いて」
「怖いんだよ。ゆっくり行かせてよ」
ライネルの勇ましさとは対象にかなり怯えている七瀬と橘は先頭で揉めながら進むこととなった。
少し進むとあからさまに襲ってきますよという風貌のでっかい多足生物、まあ要はでっかい蜘蛛がいた。これは初めて来た時にエリスが倒したモンスターと一緒だろう。
「俺が先に行く」
前回エリスが足元を狙って倒したのを覚えていたため、ここは接近戦が得意な橘が先陣を切ることにした。
丁度向こうもこちらを認識したようで、前足を立てて威嚇している。
橘はここまで持ってきた剣を引き抜き、正面に構える。そして魔法を込めて一気に走り出す。
空を軽快に飛び、敵の目線を引いたところで壁を蹴って一気に加速して剣で足を何本か切断する。
このような妄想をしていた橘だが、実際は剣が重すぎて少し右に構えただけで体がのけぞってしまう。
なんとか体勢を戻して一直線に向かっていくが、遠くで見るより想像以上にデカい。ビビって急いで剣を地面に突き刺して一気に氷の魔法を込める。
現実世界にイノタウロスが出た時に咄嗟に使った魔法である。そして一本の大きな氷柱をモンスターの中心に放つが、どうやら少し出血がある程度でそこまでダメージは無いらしい。
それを視認した次の瞬間、目の前にモンスターの手が飛んでくるのが見えて慌てて剣を振る。
当たった感触はなかったのだが、気がつけばモンスターの足は炎に包まれていた。
「橘くん、サポートするから本体切っちゃって!」
「それができれば苦労しないぞ!」
適当なことを安全地帯から言う七瀬を少し怒ってから、一瞬頭で考える。
「そういえば修行の時に魔法はエネルギーだから万物に変換できるって言ってたな」
一瞬、ライネルの言葉を思い出して思いつきで再び剣を構える。そして今度は足に魔法をかけてエネルギーを一気に放出する。
「想像通り!」
橘の考え通り、足に入れた力は跳躍力に変わり体は宙を浮いていた。
そして成り行きで剣を振り上げて位置エネルギーと剣にさらに魔法を込めて一思いに頂点から突き刺す。
グチャァっと生々しい感触が剣を伝って感じ取れる。
しかしそんなことに構っている余裕もないので最大の力で地面まで押し切った。
鈍い音と共に振り返れば巨体は血を垂れ流しながら地面に倒れ込んでいた。
「やった!」
外野の3人の方を向いてガッツポーズを決める。次の瞬間、ライネルは剣を上に掲げる。
橘はグータッチのような事を求められてるのだと思い込み、自分も剣を振り上げたままライネルの方に向かう。
しかし次の瞬間、ライネルの剣先からは眩い光が放たれ、一瞬で橘の頭上を通過して背後のモンスターに命中した。
「な、何するんですか!」
「ちゃんと心臓を破壊するまで警戒しないとやられるぞ!」
遠くからライネルの怒号が聞こえてくる。
そしてこちらに近づいてくるや否や焼けこげたモンスターを見ながら橘に話しかける。
「さっき、こいつは死んでなかった。おまえさんがこっちを向いた時に前足を上げて殺そうとしていたんだぞ」
これまでとは違う強い口調で叱られ、橘は自分が死にかけていた事を理解する。
「危なかったですよ。あと少しで頭が真っ二つでした」
続いてエリスからも状況説明を受ける。橘はあのモンスターを確かに殺したと思っていたのだがまだ生きてた。これがさっき起きた事らしい。
「しっかりモンスターは殺しきれ!分かったら次に向かうぞ」
そう言って頭をポンっと叩かれる。さっきまでの厳しい口調とは違い、そこには優しさがこもっていた。
足にエネルギーを込めて加速したり跳躍するといった戦い方は正しいらしく、今日の特訓の課題はそれになった。
クラウチングスタートの容量で地面を一気に蹴り上げてさらに魔法のエネルギーで加速力を数倍に増幅させる。これが主流の闘い方らしい。
初めは慣れなかったが、モンスターを5体倒す頃にはある程度習得できるようになっていた。
そして最も重要なのが七瀬との連携だ。1人でも戦えるのだが、2人でコンビネーションを組んだ方が圧倒的に強い。
何度か七瀬の魔法が橘に当たりそうになったりと初戦故のトラブルも頻発した。
とにかく大切なのはコンビネーション。相手が次どう動くかを見極めて魔法を使う事が必要らしい。
ただ初心者の橘は頻繁に戦い方が変わるので、七瀬は息を合わせるのに苦労するのだった。
日が暮れるまでに15体ほどのモンスターを倒してこの日の特訓は終わった。
前までは2日に1回のペースだったが、今では7日に1回のペースになっている。それが故に一回一回が貴重な時間だ。




