異世界とはなかなか信じられないものだ
「ここは、どこですか?」
しかし、酔っ払いのように若干会話が噛み合わない答えが返ってくる。
「ここは、304(サンマルヨン)号室だけど、部屋番号覚えている?」
橘は、彼女がこのアパートの住民だと思い込んで今いる場所の部屋番号を伝えた。
「サンマルヨンって、どこですか?」
どうも会話が噛み合わない。酔っ払いのようだとさっきは思ったが、これはどうも訳が違いそうだと感じてくる。
「ここは、メゾンハイツ東京のサンマルヨン号室って場所。ってか、どこから来たとか入ったとか覚えてない?」
そう橘が問いかけると、彼女はしきりに東京という単語を口づさみなながら
「東京!?」
と立ち上がって叫び
「うわ、びっくりした」
これまで静かだった室内で急に叫ぶものだから釣られて声が出てしまう。
彼女は急いで窓に向かい、カーテンを開ける。外には深夜だというのに未だに忙しなく首都高を通る車が見える。
「ここ、東京だ!ほんとで灯りが灯ってる!」
うわぁ〜と彼女は年相応ではない、子供らしい無邪気な反応を示しながら夜景を見る。元々橘も田舎から状況したので、ここのアパートに引っ越してきた初日は彼女と同じような反応をしたので、分からないでもないのだが、そういえばと言う風に彼の頭に1つの疑問が浮かんだ。
「で、どっから入ってきたの?」
すっかり忘れてたがよく考えればこの女の子、不法侵入だ。明かりの灯った部屋を見回したが、俺の部屋であることは明らかなので、最悪警察を呼ぼうと枕元で充電してあったスマホの充電コードを引き抜き、警戒体制に入る。
「申し遅れました。私、メルト王国から参りましたエリスと申します」
ただ彼女は、来ていたスカートの端を掴み、フィクション作品でしか見ない西洋風の礼儀正しい挨拶をしてくる。
とりあえず手に持っているスマホで、メルト王国を調べてみるが、国名も何もヒットしない。
「あの、冗談はやめてね。普通に不法侵入だからね」
これまでの和やかな雰囲気を壊すような冷たい言葉で彼女にそう話しかける。エリスって名前も偽名かなんだろう。
「実はわたし、異世界に行く召喚魔法を使ってこの世界にやってきました」
しかし彼女は未だ冗談を言い続ける。いよいよ頭のおかしいヤバいやつ認定をせざるおえないのか
「警察呼ぶから」
そう言って慣れない手つきで110を入力し、一瞬躊躇いながら受話器のボタンを押そうとしたその時
「えっと、ケイサツ・・・?ってのは分からないんですけど、信じてもらえてないようなのでお詫びに面白いものをお見せします!」
と早口で言いながら彼女は指先で空中をなぞる仕草を見せる。すると彼女の指先にシャボン玉のような泡がどこからか作られていき、それぞれが発光しながら彼女の全身をぐるぐると周り、その様子はさながら女神のようだ。
俺は彼女を疑いながら、指先にシャボン玉を噴射する装置でもあるのではないかと観察する。しかしそんなものは見当たらず彼女が生成するシャボン玉のようなものは割れずに綺麗な色で発光を続け、彼の目を奪い続けた。
彼女が指をパチっと鳴らすと周りに浮かんでいた玉は一瞬で消えた。
「この世界の形は魔法という文化がないとお聞きしていました。私は魔法使いのエリスです!」
言葉が頭に入ってこない。しかし至って冷静に自分が混乱しているのだと把握する。魔法?泡?メルト王国?情報が多すぎて夢だと錯覚し、無意識に自分の体を抓るが痛いだけだ。
「その、なんでここに?」
ようやく絞り出せた一言の疑問を彼女、エリスに伝える。
「私も半信半疑だったんですけど、異世界に飛ばせる魔法が出来たから実験台になって欲しいと言われ、ここに飛ばされてしまいました」
テヘッと彼女は笑ってみせるが、俺は呆気に取られて何も反応できずにいた。
「でも、異世界って言葉違うよね?」
「それも魔法でなんとかなるんです!」
そういうと彼女は再び指を鳴らすと、今度はフランス語のような、はたまたロシア語のような流暢な言葉で喋り出したが一切聞き取れない。
しばらくして再び指を鳴らすと、
「今、魔法を解除したんですけどその時聞こえてた言葉が私たちの国の言葉です。魔法って便利ですよね」
今日の3限の英語の時間で和訳に苦労していたのがバカらしくなってくる。
「それ、俺でも使えるのか?」
ゲームで見たことのあるファンタジーな展開に胸が踊る。
「厳密には今魔法にかかっている状態です。橘さんが使うことは難しいですが、私が掛ければいつでも使えますよ!」
「え、なんで名前知ってるの?」
「書いてあるじゃ無いですか?」
そう彼女が指差す方には俺の教科書が積まれていた。そういや最初のHRで名前書かされてたなっと橘はある日を振り返る。
「それより、少し外を案内してくれませんか!」
とエリスは若干興奮しながら言ってくる。
「良いけど、こんな時間だし」
「こんなに外が明るいのに、出れないんですか?」
彼女は外が明るいというが、実際には真っ暗だ。ただビルや車のライトなどで明るく見えているだけである。
「空は真っ暗だからね。それにこんな時間に子供だけで外に出ると警察に怒られるんだ」
「警察・・・?」
エリスは異世界から来たのでどうやら警察という単語が理解できてないらしいということをそういえばと思いつく。
「要は、遅い時間に外に出てその人たちに見つかったらマズイんだ。親に連絡が行く」
橘は極力端的に警察という組織の説明をする。
「じゃあ、見つからない様にすれば良いんですね」
すると彼女はニヤリと笑いながらイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「えいっ!」
次の瞬間、光が彼女を包み彼女は消えてしまった。文字通り消えたのだ
「え、?どこ行ったの?」
「びっくりしたでしょ!」
「うわ!」
目の前で消えた彼女は、いつの間にか彼の背後に周り、急に肩を叩かれたものだから驚いて声をあげてしまった。
「これが魔法ですっ!」
どこか誇らしげな表情で彼女はえへんとポーズを取る。
「これならお外に出れますよね?」
「俺はどうするんだよ」
どこか興奮気味な彼女とは裏腹に至って冷静に彼は答えた
「こうすれば一緒に魔法を掛けれます!」
そういうや否や彼女は橘の手を掴む。
咄嗟の出来事で一瞬反射的に手を引いたのだが、そんなことはお構いなしと一瞬で手を掴まれてしまった。
女の子に手を掴まれる経験が初めてだったので一瞬ドキドキしたのだが、そんな感情を抱く間もなく彼女は説明を続ける
「こんな風に、他者と直接接している場合は魔法の効果を共有できます!」
そう言われて全神経を集中させるが、全く自分が透明になっているという感じはしない。
「とりあえず、外に出てみましょう」
そういって玄関に向かおうとする彼女の足元に不意に目が行くと
「おい!なんで土足のままなんだよ」
「あああぁぁあごめんなさい!」
引っ越しの時に母親にイオン買ってもらった一万円のカーペットにくっきりと靴底の跡が付いている。
「これ洗濯機入らないぞ・・・」
部屋の床面積の半分を占める大きなカーペットであり、洗濯機に入らないどころか机だの何だの動かして掃除をする手間を瞬時に考えてしまい、ガクッと型を落とす。
「ちょっと待ってください!魔法でなんとかします」
そういう彼女の方を見上げると両手をカーペットに向けて如何にも魔法をかけそうな体制をしている
「一気に綺麗にします」
そして次の瞬間、部屋は見違える姿になった。
先程まで床面積のほとんどを占めていたカーペットに取って代わり、大量の水が床を覆う。
「おい、ちょっと止めろ!」
「ごごごごごめんなさい!」
彼女の手からは体調が悪すぎる時のゲロのような勢いの水が大量に放出され、瞬く間に水浸しである。
一応魔法で出来た水の品質を確かめるべく軽く匂うが、無臭であり安堵するが
「どうするんだよこれ」
「ま、魔法で」
「魔法はもういいから、片付け手伝ってくれ」
透明だの散歩だのの話はどこへやら、彼も彼女も洗濯機もフル稼働での大掃除が始まる。、もちろん全て手作業でだ
「あ〜ここら辺の紙類ビチャビチャじゃん」
もはや原型を留めない形で多量の紙類の死亡を確認する。絶対大事な紙も紛れてそうだが確認ができないためとりあえずゴミ袋にブチ込む。
ちなみに捨て方は各自治体のなんちゃらってやつだ。
「洗濯機回してきました」
部屋の隅に畳んで置いてた衣服が全て水浸しになったため、いつの間にか彼女が洗濯してくれたようだ。
そしてなんとか2時間で元より綺麗なレベルで片付けが終わった。
今は2人でジュースを飲んでいるところだ。
「そういえば、この後はどうするの?」
「今日は私も疲れたのでもう帰ろうかと」
結局魔法だのなんだの言ったが結局は全て人力で片付ける始末だった。
しかもラブコメでありがちな異世界に帰れないという展開ではなくしっかり帰ってしまうというオチも何も無い展開。
「でも、また来ますね」
エリスは残念そうな顔をしながら話す。
「そんな簡単に来れるのか?」
「一回転移した場所には2回目以降は簡単に来れるようになるんです!」
なんだよそのゲームみたいな仕様
「今日はありがとうございました!」
ジュースを飲み干したコップをテーブルに置き、魔法の杖のようなものを取り出す。
そしてそんな無難な挨拶と共に彼女は現実の世界へと去っていった。
シーーン
これまでのにぎやかさが嘘のように橘の部屋は静寂に包まれる。




