得体の知れない異世界
「じゃあまたお会いしましょう〜!」
エリスのいつも通りの声を聞いてこの日は解散となった。
そして城が見えなくなる所まで歩いて橘は七瀬に耳打ちをする。
「この後、ちょっと話ある」
いつになく真剣な表情でそう告げる。そのギャップが誤解を生んだのだろうか、七瀬は要らぬ覚悟をする羽目になる。
「そういえば確かに私たちの関係って付き合ってるっていうか、ぶっちゃけそこら辺のカップルよりも仲は良いし、でもどうしよう〜」
そんなことを脳内で早口で考えている内に気がつけば現実世界に戻ってきていた。
「七瀬」
「は、ひゃい!」
若干声が裏返りながらも姿勢をバシッとして体制を整える。自分でもまだどう返事するかが決まっていない。
「今日、城の下に行ったんだがそこで死体を見た」
「・・・え?」
想定外の話に思わず動転してしまう。告白かと思ったら死体の話をされたので仕方のないことだろう。
そこから橘は今日見たことを七瀬に話す。あの空間にあった死体は、臭いから察するに相当数あるだろう。もしかしたら異世界のお墓やパンデミックで亡くなった人を安置しているのかもしれないがあの隠し階段から降りるのが気になって仕方ない。
「そういう時のために名刺、貰ったんじゃないの?」
「あ、そういえばそうだった」
そう言って橘は置きっぱなしのカバンから財布を取り出して診察券に混じった名刺を探し出す。
名刺には野村と書かれており、先日家に訪れてきた公安の女性である。
「今掛けちゃお」
電話に抵抗を感じ、ショートメッセージを送ろうとしていた橘に七瀬が声をかける。
「分かったよ」
鉄は熱いうちに打て。彼女の言葉に納得してすぐさま電話番号を打ち込んで発信する。
少しのコール音の後に出てきたのは女性ではなく男性だった。
「あ、もしもし先日お世話になった橘伊織です」
電話の礼儀はまず名乗れ。慣れない礼儀を尽くしながら橘は話す。
「異世界の件なんですけど、そちらに野村さんは居られますか?」
「・・・橘くんね。確認します」
一瞬、謎の間を開けた後にそう告げられる。そして保留音が鳴るとともに一息付く。
「野村さんじゃなくて野村様でしょ」
「え?野村さんって言ってた?」
「うん」
七瀬のマナー指導にあちゃーと顔を顰める。保留音の時ってなんでこんなに話しちゃうんだろうな。
しばらくして担当が変わったのか、別の声がスマホからする。
「橘くん、異世界の件ってどんなことかな?」
「実は向こうで死体を見てしまって。大したことじゃないかもですけどそういう些細なことでも報告して欲しいって言われてたので」
「今、家に居るかな?」
「はい」
「すぐ行くね」
「え?」
それだけ言い残し、携帯は通話終了という文字とともに電話帳の画面に戻ってしまう。
「え?今、すぐ行くって言ってなかった?」
「うん」
「友達じゃないんだから」
電話から漏れ聞こえた音を聞いていた七瀬は顰めっ面をする。
「と、とりあえず着替えてくる。七瀬さんも付いてくる?」
「うーん、まあなんか面白そうだし付いていく!」
「了解!じゃあ準備したら下に集合で」
こうして一旦解散しお互いに急いで支度するのであった。
20分もしないうちに絶対公安だろうと思うようなセダンの車列が到着する。
なんか台数増えてないか。
見知らぬ女性に手招きされ、真ん中の車に乗り込む。
「ごめんね〜色々聞きたいんだけど色々事情があるから、詳しくは向こうで話すね」
そう言って車は急発進していった。
しばらくすると警視庁の建物到着し、地下に横付けされた車から案内される。
一瞬VIPになった気分になるのだが、周囲の異様な眼圧にここは警察なのだと縮こまる。
そして案内された部屋で二人は、先日の車の爆発事件のことを聞くのであった。その際に家に訪れた佐々木は死亡、野村も全治2ヶ月の怪我を負ったことも聞く。
そして初めて「異世界案件」という名前の元で捜査が進んでいるという事を知るのであった。
「さっき話してくれた死体の件、もしかしたらこっちの世界に行ってから行方不明になった人の遺体の可能性もある。だからもし機会があればスマホで顔写真を撮ってきてほしい」
「私の魔法を使えば、誰でも異世界に行くことができます。公安の刑事さんも私の魔法で・・・」
「どうやら、あちらの世界には”スカウト”が無いと入れないらしいんだ。以前試そうとしたのだが、普通の人間じゃその魔法のゲートみたいなやつを潜れなかった」
スカウトという単語を聞いて橘と七瀬は目を合わせる。
「とにかく国も半信半疑なんだ。異世界が本当に信頼できるのかどうか。その爆破事件だって証拠はないが異世界の連中が関わったかもしれないという噂まで立ってるんだ」
公安は得体のしれない異世界という存在をとにかく警戒しているらしい。わざわざ家の前で話せばいい内容をこうして本部庁舎まで連れてきて話しているのもそうだろう。
この日は簡単に15分程度話してから2人は家まで送ってもらうことになった。




