隣の席とは意外と話さないものだ
ピコッ ティンッ グサッ
狭い室内にゲームの効果音が響き渡る。
明日が月曜であること、そしてとっくに昼を過ぎている現実から逃げるように俺は目の前の敵と戦っている。
3週間前にこの街に引っ越してきたが未だに友達も出来ず、毎日コンビニ飯を食べ学校に行き、ぼーっと過ごした後にゲームをするだけの自堕落な生活を送っている
訳あって高校進学を機にこっちに引っ越してきた。誰も知らない土地の方が学校に行きやすい、高校から普通に戻れると思っていたが現実はそうではなかった。
翌日の朝、誰も居ない寂しい家を出る。イヤホンを付け、都会の雑踏を打ち消しながら駅へと向かう。
東京に来るのは好きだった。家族旅行で何度か訪れたことがあるが、地元には無いものだらけの娯楽の楽園のように思っていた。しかし実際はスマホを見ている量産型クローンのような人間の集合地でありいつの間にか自分もその一部になっていた。
「あ、すいません」
人でごった返す駅で向かいの人とぶつかってしまった。すいませんがもはや口癖になってしまった。
俺の名前は橘 伊織。16歳の高校1年生だ。
「おはよう!」
毎朝校門で挨拶をしてる生徒会の人たちが今日も挨拶をしてくれた。ただ、毎回俺は少しお辞儀をするぐらいで挨拶を返せたことはない。
好きだったこの曲も、毎朝聴いているとやがて憂鬱な気分になる嫌な曲に変わってしまった。
田舎から東京の学校に転校してきたはいいものの、地元とのギャップが多く中々馴染めないでいた。
どうやら多くのクラスメイトは中学からグループが出来ており、そのまま高校に進学してきたのが全体の30%。残りの友達がクラスに居なかった初めはぼっち組だったクラスメイトも2週間も経てば徐々に友達が出来始め、流石に焦っている。
内気な性格の橘だったが、流石にマズイと思い始め教室に行くまでにある覚悟を決める。
「お、おはよう」
隣の席の名前も忘れてしまった女子への挨拶。これまで一切話しかける事がなかったのだが初めて自ら声を掛けた。
不審者がられ嫌われるんじゃ無いかとも思って行った。しかし彼女は若干驚きながらも
「おはよう」
と挨拶を返してくれた。
そこから何か話そうか、頭をフル回転させるが何も思い浮かばず気づけば今日提出の課題を出し、始業まで一人で時間を潰そうとしていた。
今日も特段変わり映えのない普通の1日だ。
授業ごとの10分休憩、そして昼休憩を1人で過ごさなければならないのが何よりの苦痛だった。
それを耐え忍んだ7限のLHRの時間。
担任の先生が教室に入ってくるなり
「今日はクラスの1年の目標を作るぞ」
と言い出した。これは俗に言うラッキーな時間なのだろう。要はぼーっとしとけば勝手に決まって、そのまま帰れる流れだ。
「じゃ、初めにみんな個人の目標を隣の席の人と話し合ってくれ」
前言撤回。そいや、うちの担任体育会系で結構話し合いとか好きなタイプだったな。
なんてことを思いながら今朝挨拶したせいでなぜか若干気まずい彼女の方を向く。
そして机に置いてあった、さっきの時間の教科書に書いてある名前「七瀬結衣」を発見し
「七瀬さんは、何か目標とかある?」
名前を覚えていなかったことを誤魔化しながら無難な形で会話を始めることに成功した。
「私は、友達いっぱい作りたい・・・かな?」
若干俯きながら、照れたようにそう答える彼女。そういや、顔をまじまじと見たことなかったけど結構可愛いな。
「橘くんは?」
「俺は・・・友達を作ること?」
突然のことで戸惑いながら答えると彼女はさらに下を向いて顔をぷるぷると振るわせながら
「一緒だし、なんで疑問系なの」
と笑っている。
「ごめん、喋るのあんまり慣れてなくって」
若干申し訳なさそうに答えたからか、彼女は更に笑い始めた。
「橘くん、大人しそうって思ってたけど意外と面白いんだね」
「七瀬さんこそ、大人しそうって思ってたのにすごい笑ってくるじゃん!」
そして2人で顔を見合わせて「ぷっ」と笑いあった
「私、高校進学を機に田舎からこっち来てて、友達居ないから良かったら仲良くなろ!」
「俺も、田舎から1人でこっち来てて友達居ないんだ」
「じゃあ一緒だね!」
高校一年生 これまで友達ができる気配が全くなかったのだが、遂に初めての友達ができた。
「じゃあ、今年のクラス目標は頑張る4組に決まったからな〜」
楽しい時間は驚くほどあっという間に終わった。
――――
「じゃ、またね〜」
「また明日」
と帰り際に彼女と無難な挨拶を交わす。高校生活初めての友達、しかも割と可愛い女の子と仲良くなれたとなれば気分も上々だ。
「ただいま」
一人暮らしが始まっても、いつもの癖で誰もいない家にもただいまと言ってしまう。
ただ今日の「ただいま」はいつにも増してテンション高らかに言ったと自覚した。
憂鬱だった学校も、1人仲がいい友達ができると明日が来るのが待ち遠しくなる。
俺はただ、明日学校に行くまでの時間を潰すために日課の家事とゲームを始めた。
寝れば時間は過ぎる。何時間だろうと、何十時間であろうとだ。そんなことを思いながらいつもより早く眠りについたのだろう。ただ、早く眠れば夜中に目覚めることもよくあることだ。
「グギャッ」
目が覚めたのはそんな夢での出来事がトリガーとなったからだろう。突然、見知らぬ女の子の声が部屋に響き、その声で目が覚める。
寝起きで頭が回っていない状況、恐る恐る手探りでリモコンを探し、部屋に灯を灯す。
「うわぁ!」
「ぎゃっ!」
電気をつけると床には女の子が倒れており、思わず大きな声を出してしまった。
突然の、そして現実的ではない出来事に思わず思考が止まってしまう。しかし、どちらかというと不審者というよりは同年代の女の子であり、自然と自分に対しての敵意がないのだと直感する。
「えっと・・・部屋間違えた?」
恐る恐る、かけ布団の端を無意識に掴みながらその子に向かって話しかける。