目に見えない努力は辛い
「そういえば伊織って部活入ってないの?」
翌日の放課後、帰ろうとしたところで昨日仲良くなったばかりの野田が話しかけてきた。
「うん」
「ってことは帰宅部か」
「あ〜そうなるね」
橘は別になろうと思って帰宅部になってしまったが、そもそも異世界のこともあるし部活に入っている場合ではなかったので成り行きで帰宅部になってしまっていたと今になって自覚した。
「ま、サッカー部はいつでも部員大歓迎だからな!」
「気が向いたら入るよ」
「可愛いマネージャーいるぞ」
「マジで!?」
「橘くん、帰るよ〜」
一瞬乗り気になった橘だが、会話を七瀬に遮られてしまう。
七瀬の顔を見たことで今日の特訓のことを思い出してしまい、そのまま野田に別れを告げて教室を後にする。
憂鬱な足取りのまま家に帰り着替えてから七瀬の部屋に直行、そしてそのまま異世界へと直行する。
「おう!遅かったな」
「すいません遅れちゃって」
「橘さん頑張ってくださいね!」
「なんだエリスも居たのか」
「私の師範ですので」
そう言いながらいつの間にか用意されていたお茶を七瀬と啜りながらこちらを見て、いやお茶宛にしていやがるなこれ。
「まずは腕立て100回からだ!」
「は、はい!」
文句を言ってもこの人には逆効果なので大人しく従って腕立て伏せを始める。
「ヘタれるな!それでも男か!」
「すぃませぇん・・・」
上がった息と共に不縫いけた声を出しつつ続行する。
そしてアップの筋トレが終わったところで一旦休憩に入る。
「そういえばエリスは一応は戦闘系でもあるのに特訓はしないのか?」
「私、特訓なんてしなくても強いんで」
何という自信の持ちようだろうか。嘘付けと思いつつ水分補給を終えライネルの元に戻る。
「エリス、ちょっとこっちに来い!」
「え〜」
そう言いながらヨボヨボと生気を感じさせない歩き方で向かってくるエリス。
「こいつは正直俺よりも強い。って言っても信じ難いようだからちょっと見てみろ」
そう言いながらエリスに立てかけてあった木刀を渡す。これは剣を振る練習用なのだが重過ぎて橘は数回振るのが限界だった。
「あそこの模擬ターゲットがあるだろ?エリス、全力であれを切ってみろ!」
模擬ターゲットというのは木の幹である。前回の特訓から数回、橘は木刀で叩いているのだが当然鋭い刃物ではないためちょっと傷が付いている程度だ。
「じゃあ、全力で行きますよ!」
さっきまでの生気を感じないエリスはどこへやら、一転真剣な眼差しで剣を持つエリス。
魔法を使ったからなのだろうか、剣が光を帯び輝き始める。そして次の瞬間、エリスは目の前から消え、目線が追いつくより先にシャキッという鋭い音が微かに聞こえてきた。
それから一瞬の間を置き太い木の幹は最も簡単に二つに斬られたのである。
橘も七瀬もあまりの衝撃に開いた口が塞がらず、ただ呆然と立ち尽くすしかできなかった。
その静粛を破るかのようにライネルは大きな声で笑う
「コイツも初めは貧弱なヤツだったんだが、気づけばこんな風になりやがった」
そして橘の方に向かい、頭に手を置く。
「いいか、どんなスゲェ奴でも初めは初心の初心者だ。一長一短で成し得たものじゃねぇが周囲の人間は努力の過程を知らないからあたかも最初から努力せずに才能だけでそうなったと勘違いして妬むようになる」
まさに橘が一瞬考えていたことを言われ一瞬背筋が凍る。
てっきり、戦闘系にも魔法系にも両方に目覚めた彼女はどっちの才能も持っている特別な人間で初めから強かったんじゃないかと、そう妬もうとしていたのだ。
「まあでも、誰もが努力すればスゲェ奴になれるとは限らない。ここは才能の問題だ」
橘の頭に置いた手で頭をバシバシと叩きながら話を続ける。
「見たところお前にもその才能ってのがありそうだ。だから俺は厳しくしている。もちろんそこの七瀬ってねぇちゃんもそれなりの才能を持っている。後半では二人同時に鍛えていくつもりだ」
てっきり、ただ単に厳しいスパルタ野郎だと思っていた橘であったが、その話を聞いて一気に見方が変わった。
そして覚悟を決め、真剣な眼差しでライネルの瞳を見つめたところで急に
「ふにゃぁ」
という腑抜けた声と共に頭に置かれた手が下に落ちていき、瞳に合わせてた目線には光る頭が映し出された。
「はい!真面目な話はおしまいです。橘さん、私の強さ理解していただけました?」
「おま、せっかくいい話してたのに」
「私、こういう熱血系嫌いなので」
テヘッという表情をしながらエリスはカツラをライネルの頭の上に戻す。
「ゴラァァァァァ」
「「何で毎回最初に怒るんだよ」」
七瀬と橘のツッコミがシンクロしたところでエリスが割って入る。
「橘さんが、早く特訓の続きをしたいそうです!」
「そうか!じゃあランニングに行くか!城の周りを10週だ!」
ちなみに橘の目測だと城一周で大体2キロぐらいである。つまり20キロランニングを宣告されたも同義である。
「無理です!せめて五週で!」
「じゃあ全力で五周走り切って来い!」
「そんなぁ」
それから地獄の推定10キロランニングが始まった。何度かショートカットしようとしたが、さっきの話を聞いた後だとそうするわけにもいかず暗くなることには5周を走り終えた。
「今日はここまでだ!また明後日だな」
「は、はぃ・・・」
こうして再び七瀬に半分引っ張られながら現実世界へと戻るのであった。
橘と七瀬はその後も地獄の特訓と現実世界の学校生活を交互にこなし、この生活にもある程度慣れる頃には気がつけば一月が経過し5月の下旬に差し掛かろうとしていた。




