恋は盲目
橘は笑いのツボに入ってしまい笑い続けるが、それが七瀬には不満だったらしくしばらく二人の小競り合いが続いた。
ランニングを終え、橘はいつもより早めにシャワーを浴びる。そしていつもより念入りに体を洗って外行き用の服に着替える。
このあと早速七瀬に夕食に誘われたため、一応のおめかしというわけだ。もっとも七瀬の部屋は一階上に上がれば到着するので外出というわけではないのだが、妙に気合が入ってしまったため引き返すことはできない。
「お邪魔しま〜す」
すっかり入り慣れた七瀬の家のドアを開ける。
「もうちょっとでご飯できるからちょっと待っててね〜」
当の七瀬はシャワーを浴びた後なのか、普段は結んでる髪が解かれている。
服装も制服や私服と違いどこか落ち着いた色合いの部屋着のため、このアットホーム感が橘の心を揺さぶる。
「あ、そこのソファー座っていいよ!ぬいぐるみは退けちゃって〜」
部屋に入るなりどこに居ればいいのか困っているのを察して七瀬は座ってもいい場所を案内する。
その時に橘の服装が謎に気合の入っていることに気が付くが、この後コンビニでも寄るのかと思い
「橘くん、言っとくけどコンビニはしばらく禁止ね」
というアドバイスを送り、全く行く気のない橘は意味が分からず困惑するのだった。
「出来たから運ぶの手伝って〜!」
キッチンから声がかかり、橘はようやく出番だと張り切って食事の準備を始める。
「これはムネ肉?」
「そう!トレーニングに良いって書いてあったから」
そうして肉料理だのなんだのを次々にテーブルに運んでいく。
「量多くない?」
「橘くん、痩せてるからそもそも肉つけないとトレーニングの意味ないじゃん」
言われて自分の腕を見てみるが確かに細い。
ランニングでお腹は空いていたし嬉しいのだが、明らかに胃袋に収まらない量の食事を目の前にして思わずたじろいてしまう。
「心配しなくても残る前提で作ってるから。残ったのは明日の弁当行きね」
「なるほど」
「じゃあ」
「「いただきます!」」
「美味い!」
「でしょ〜」
七瀬と一緒に食事をするのは初めてではないが、手作り料理を食べるのは初めてだ。
初めはなんとなく緊張していたが、今はすっかり胃袋を奪われてしまいバクバク食べ進めている。
七瀬は一応カロリーには気を使っているので揚げ物は控えめにサラダやボイルした胸肉を中心に食べる。
「そういえば明日の放課後は例の特訓でしょ?」
「あぁ・・・」
「そんなにキツかったの!?」
「うぅ・・・」
人生で最もスパルタな特訓を受け、あの日の出来事が若干トラウマになりつつある橘であった。
「じゃあ明日は終わったら何かデザート作ってあげる!ガトーショコラって好き?」
「うん!マジで!?やる気出てきた」
「単純なんだから」
そうして橘は明日への糧を手にいれ目の前のおかずを片付けるのだった。
料理担当は七瀬、片付け担当は橘というルールが決まり、今はせっせと皿洗いをしているところだ。
そうして片付けが終わるタイミングを見計らって七瀬は食後のコーヒーを二人分淹れる。
「ありがとう」
「橘くん、ブラック飲めるの?」
「うん」
「え〜すごいね。私甘党だから砂糖ないと無理〜」
そう言いながら七瀬は角砂糖を5・6個一気にコーヒーカップに入れる。
「七瀬さん、流石に多過ぎじゃ無い?体壊すよ」
「橘くんに言われたくない」
「確かに」
そう謎の論破をされながら、二人は微妙な距離を空けてソファーに腰掛ける。
そしてしばらく二人でテレビを見たのちにいい時間になったので解散する。
「また明日」
「うん。また明日」
去り際というのはどうしても寂しいものである。しかしこの前も思ったように12時間後には隣の席に彼女がいるということを考えれば寂しさも自然と楽しみへと変化する。
「結局、この関係ってなんなんだろうな〜」
側から見れば付き合ってるのか、それとも友達なのか。
そもそも好きとは何なのか。漫画やアニメを見ていると「早く付き合えよ」と思っていた橘だがいざ自分が恋愛の当事者になれば彼らと同じようにめんどくさいことを考え始めてしまう。
男の恋愛なんて簡単だ。可愛いから惚れた。それだけである。
しかしながらもしその告白が失敗したら、残るのは気まずさとこれまで積み上げた関係の崩壊だ。
せっかく七瀬と友達になれた。高校に入って初めての友達だ。そして何より異世界の事情を知っている数少ないパートナーである。
結局その日は夜遅くまでネットで恋愛について調べ、当たり障りのない記事と訳のわからない無料恋愛診断の記事を交互に見返すだけの虚無の時間を過ごすのだった。




