デートと遊びの境界とは
正直、1時間前から今か今かとソワソワしていたのはここだけの話だ。
「ピンポーン」っとチャイムを鳴らすとガチャっと扉が開く。
「あ、おはよう!上がって〜」
そう言って自分の部屋と造りは全く同じなのに全く違うように見える七瀬の家に上がっていく。
昨日は異世界から直で来たのであまり実感が湧かなかったのだが、改めてちゃんと扉から入ると同級生の女子の部屋ということに緊張を覚える。
「そういえば、宿題持ってきた?」
「実は前にエリスがウチに来た時に水でプリント類が流されちゃって・・・」
「え、橘くんも?」
「え、七瀬さんも?」
「うん。なんか魔法を披露する〜とか調子こいて私の大切なプリント全部水浸しになったんだ」
「俺も全く同じ流れで水浸しにされたんだけど」
「今度エリスに会ったらしばこう」
「うん」
しばくという単語が七瀬の口から出て笑いそうになったのは置いといて、謎の同盟を結成した。
「じゃあ、今日は何持ってきたの?」
「これ。確か20pまで宿題だったでしょ?」
「あ〜先週出された英語の課題ね!そういえば提出明日だったね」
そう言いながら七瀬は机の上に置いてあった課題集を手渡す。
「貸し一ね」
「これで貸し一なら異世界で助けられたやつは貸し幾つになるんだよ」
「百」
「ならワークの貸しはあってないようなもんだな」
「確かに」
ぷっとお互いが吹き出した。
「じゃあ私、お茶入れるね!紅茶飲める?」
「うん。ありがとう」
初めの緊張はどこへやら。橘はすっかり七瀬の家に馴染んでいた。
橘はその後、七瀬に
「長文の部分、丸写しは流石にバレるからぜっっったい自分で考えてね」
「あと、適当に所々変えといてね。写させたってバレたら私も怒られるから」
とお湯を沸かす七瀬に定期的に釘を刺されながら翻訳アプリとワークの交互に目線を映しながら写す作業を進めていた。良い子は真似しちゃダメだぞ。
「そういえば橘くん、こっちに引っ越してきたって言ってたけど地元ってどこなの?」
「鳥取」
「え、本当に!?私も一緒なんだけど」
「マジで!」
なんと橘と七瀬は出身地が一緒だった。しかも同じ県の同じ市で隣の高校に通っていたことが判明。
そこから二人は東京という遠く離れた場所で見つけた同郷の人ということもあり地元トークに華咲かせたのだが、あまりにも地元の会話すぎて恐らく多くの読者が共感できないであろうことからここでは割愛する。
「やっっっと終わった〜!」
「もう出来たんだ」
橘は会話しながら手を動かし続け、1時間足らずで課題範囲を終えることができた。
さて、本来の想定なら紙の課題を4枚ほど追加でやる予定だったのだが、そういえばエリスのせいで既にゴミになってしまっていたので、これからどうしようという空気が部屋に張り詰める。
一瞬の無言の後、グゥゥゥっとお腹のなる音が聞こえた。音の主は七瀬。顔を見ると恥ずかしかったのか赤くなっていた。
「ごめんね。そういえばそろそろお昼時だね」
「そういえば、今朝ランニングした時に美味しそうなお店見つけたから食べに行かない?」
「お、いいじゃん!」
橘は、流れで七瀬を食事に誘うことに成功した。本人は無自覚で言ったのではなく実は一瞬躊躇いつつ勇気を出して食事に誘ったのだ。
人生で初めて女の子を食事に誘う。デートとは言い難いがこの小さな成功ながら大きな全身に内心ガッツポーズをした。
橘自身、七瀬のことを好きなのかどうか今ひとつ確信が無い。一緒に居て楽しい。命の恩人。共通点が多い。これだけの条件に加えて七瀬はクラスでもかなり可愛い方だ。以前、他の男子生徒が話しているのを聞いてしまったのだが、他の男子とあまり関わりがないにも関わらず多くの男子生徒が付き合いたいと話していた。
外に出るとのことで着替えから戻った七瀬を改めてみるとやっぱり可愛い。一回意識してしまったからか、ドキドキしてくる。
学校の制服とは違う私服、普段結んでる髪を下ろし巻かれたカール。とにかく彼女の一挙手一投足にドキドキしていた。
今回食事に誘ったお店は古民家風のカフェ。ランニングで通った時に「ランチあります!」というボードが店の前に置いてあったのを見かけ、いつか行こうと思っていたのだ。
「ここだよ」
「え〜めっちゃオシャレじゃん!」
七瀬は目を輝かせ、橘はとりあえず気に入ったみたいで良かったと安堵する。
「私ランチセットのAで」
「俺も同じのにしよ」
そんなこんなで二人のテーブルには美味しそうなハンバーグとナポリタン。そしてライスとスープが運ばれてきた。




