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100年後のあなた江

最近、不思議な夢を見る事が多い。いつ頃だろうか、少なくとも受験が終わった辺りからである。


「伊織、東京行く準備は出来たの?明日でしょ!」


「後でするよ。服入れるだけだし」


「今しないと!どうせ後からやるって言ったて」


「あ〜分かった分かったするよ」


重い腰を上げて、荷造りに取り掛かる。東京に行くと言っても、旅行ではなく引越しだ。


高校進学を機に地元を離れて引っ越すことになった。


至って普通な家庭。住宅街に建てられた地元ではよくある一軒家だ。


引っ越しと言えば別れが惜しいとか、寂しいといったイメージがあるが橘伊織にとってはそうではなかった。


特段、中学では仲の良い友だちは出来ず、地元に対しても特に思い入れはない。


むしろ色々面倒くさいから早く明日になって東京に行きたいと考えていたぐらいだ。


「伊織、準備ある程度できたら昼ぐらいからおばあちゃんに挨拶に行くよ」


「分かった」


山の方に住むおばあちゃん、ここから車で大体30分ぐらいかかる場所に家がある。


幼少期はおばあちゃんっ子だったらしいがその時の記憶は殆どない。気が付けば今朝見ていた”夢”もすっかり忘れてしまっていた。


朧げながら覚えているのは、織姫と彦星のような夢だったと言うことだ。


織姫と彦星は結婚後に仕事を怠けて天の川を隔てて離れ離れになってしまった。そして年に一度7月7日の夜にだけ会うことを許されている。


「伊織、そろそろ行くぞ」


リビングの方から父の声がしてくる。準備を中断して、携帯と財布をポケットに入れて部屋を飛び出した。


車内での話題は明日の東京についてだ。引越しの荷物は少なく現地で家具などを調達するため。持っていくものは衣類やゲーム、本が中心である。


そのため明日は朝、父の車に乗って家族で東京に行くことになっているので半分旅行気分なのだ。


「明日表参道の美容室で髪切りに行こうかな〜!行ってみたかったショップも行きたいし〜!」


中でも1番浮かれているのは妹の絵里奈だ。スマホ片手に明日の予定を立てている。


何だかんだで賑やかな車内のまま車は郡部に向かっていく。


そして気が付けばあっという間に地方都市から農村部へと景色は移り変わる。


幼少期から見慣れた景色。一見変わり映えしない田畑が並ぶがそれぞれに個性がありその移り変わりで残り距離を推察する。


こんな人が居ない農村部でもしっかり道路は舗装されている。そんな当たり前の恩恵を授かり車は祖母の家に到着する。


「またこんな要らないもの買って!」


橘伊織の母は到着して玄関に入るなり積んであるテレビショッピングの段ボールに呆れる。


「ついつい買っちゃうんだよ」


「も〜絶対こんなの使わないでしょ」


呆れ返る母の様子を見かねたのか父が仲裁に入る。


「まあまあ、気持ちは分かりますよ。僕も週間スカイラインGT-R買おうとしてましたから」


「買ってないでしょうね」


「はい・・・」


助け舟を出したが、思わぬ反発を喰らってしまう父の背中を見つめる。


「伊織、これ裏の蔵に運んでおいて」


「はーい」


玄関に何個か置いてある通販の段ボールを片付けるように母から指示を受ける。


「悪いねぇ。鍵持っていくからちょっと待っててね」


こうして先に蔵まで荷物を運び、祖母の到着を待つ。


少しして祖母が到着し、見た目の割に軽い扉を開き中に荷物を運ぶ。


「ここら辺でいい?」


「うん。ありがとう」


そう言って適当に空いたスペースにダンボールを置く。


そして出口に向かう途中、ふと部屋の真ん中にある古い机の上に置かれた古封筒が目につく。


やけに目立つ場所に置かれた封筒には


「謹啓 二千二十六年の孫 曾孫江」


と書かれている。この色褪せた文字と封筒に書かれているのは今から1年後の2025年の日付だ。


「おばあちゃん、これ何?」


「あ〜コレコレ!今日伊織が来た時に渡そうと思ってたの!」


思い出したと言うジェスチャーをしながら祖母はこちらに駆け寄ってくる。


「これ、確か昔私のお母さん、あなたの曽おばあちゃんから貰ったものでね、今日来た時に渡そうと思ってたの。絵里奈と伊織のどっちに託すか迷ったけどやっぱりお兄ちゃんの伊織に託すわ」


「開けてもいいの?」


「裏面をよく見て。2025年まで開封厳禁って。遠い記憶だけど私もお母さんから開けるなって念を押されてたから一応ね。まあ開けてもバチは当たらないと思うけど」


祖母はそう笑いながら封筒を手渡してきた。


「でも、私も中身は気になるけどこれまで開けなかったし、あと1年も無いじゃない」


今は2025年の2月。この封筒には日付までは記されていないので1月1日に開けてもいいものとしてあと10ヶ月を切っているのだ。


このどこか怨念が詰まってそうな薄い封筒を受け取った橘はクリアファイルに保管し、大切なもの入れに入れて東京に持っていくことにした。


ちなみに大切なもの入れには他にも幼少期に野球観戦に行った時にゲットしたホームランボール、通信教育教材のポイントを貯めてゲットした世界中の石セットなどのガラクタが詰まっている。


その後、祖母宅で昼食を食べ、東京へのお小遣いを貰って後にする。


「お兄ちゃんだけ多いのズルい」


「仕方ないだろ。住むんだから」


そんなしょうもない喧嘩をしながら家に帰る。こいつとの喧嘩も今日が最後かもしれない。


こうして橘は東京に行く前日を過ごしたのだ。


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