マイ・フェイバリット
お風呂の水が抜けていくのを見てるのが好き。
それをぼうっと見つめてる私の足元に白いフェレットくんがくっついて、いたずらしようか迷ってる。くすっと笑って頭を撫でると後ろへ逃げるツンデレくん。その悔しそうな顔が好き。
回る電子レンジの中をじっと見つめてるのが好き。どんなことがその中心で起こってるのか、見えないマイクロウェーブを妄想するのが好き。
出来上がった冷凍チャーハンをフライパンに入れて、ネギとデスソースで別物に仕上げるのが好き。食べ終わったらヒーハーと口を冷ましながら、その合間に飲むブラックコーヒーの刺激がたまらない。
大好物のミルクを夢中で舐める白いフェレットくんを見てるのが好き。ミルクを満喫したらとろんととろけて、自分の隠れ家に入り込んで眠る。大好きなどうぶつの気配が消えて、私はほんとうにひとりぼっちになる。
ずっと部屋にいると何もかもが嫌いになりそうだから──
玄関のドアを開けてどんな空が見えるか期待する。快晴だったら心があかるくなるけれど、雨が降っていてもその空気を吸い込むのが好き。
傘をさして歩き出す。お散歩大好き。子どもみたい。
名前の知らないおおきな花が咲いてる。指で水滴を拭って、ちょんちょん歩く。ようやく足になじみ始めた安全靴を履いて、ちょんちょん歩く。
近所の公園に行ったら人懐っこいねこがあくびしてる。その口に指を入れていたずらするのが好き。
かたつむりを見て子どもだった頃を思い出す。綺麗な雨に濡れた薄い貝殻が好き。
空を見ると地球が狂ってる。でも今、この時に生きている私の足音が、水音を立てて響いてる。
知らない家に、どんな人が住んでるのか、その生活音を聞きながら通り過ぎる。
こんなところにこんな会社の建物があったんだ? とてもおおきいのに気づかなかった。表から見るととても新しいのに、裏に回って見たら幽霊アパートみたい。そんな意外な発見をするのが好き。誰かの秘密を見た気分になれるから。
スズメが電線に並んで大人しくしてる。羽ばたく時を待ってるのかな。
私もちょっと飛んでみたくなって、アパートに帰って鍵を取る。
車の運転をできる、自分が好き。
車を運転してる自分が好き。
どんなに運動神経がどんくさくても、今まで積み上げてきた知識と経験で何にもぶつからずに走れる。そんな自分が好き。
窓の外の時間は早く流れる。
飛んでるみたい。
誰にも共感されたことのない、自分の好きな音楽をかけて、自分だけの空間の中から、流れる外の景色を見る。
あと4日でまた一つ年を取る。
子供の頃は好きだった、今は誕生日がきらい。
だけど時は流れて行く。
アパートの部屋に帰る安心感が好き。
自分の場所があるのって素敵。
フェレットくんがどこかに隠れて眠ってる。私はすることがなくなってスマートフォンを手に取る。
スマホは好きじゃない。でもいつも見てる。休みの日は一日の半分ぐらい見てる。ただの暇つぶしのゲームをやって、インスタグラムの動画を観て、あっこれ小説のネタに使えそうと思ったら小説を書いたりする。
小説を書くより投稿するのが好き。
誰かが読んでくれて、面白がってくれたら、好き。でも共感は求めない。好きなように読んで、好きなように感じてくれたら嬉しい。
あなたにはわからない。
同じものを見ていても感じることは違うから。
すべては私のフェイバリット。
私だけの、この孤独が好き。
お風呂の水が抜けるのを見てるのが好き。
じっと見ていると吸い込まれそうになって、ぐるぐる──時間が穏やかになる
あなたの孤独なんて、わからない。
でも隣であなたも笑ってくれたら、私はもっと人生が好きになる。