アクロス ザ ユニバース 2
「The Smashing Pumpkins」の名前だけは以前から知っていたし「スマパン」と呼ばれているのも、もちろん知っていた。その一方で「Smash Mouth」というメロディーパンクバンドがいて、ぼくはとても気に入っていた。
どこかの街角で耳にした曲が地元のノーチャージ・バーでかかりマスターに問うたところ「スマッシュマウス」の「Why Can`t We Be Friends?―WARのカバー―」であることが判明した。当時はスマホなんかなかったしもちろんユーチューブもなかったので、レコード屋かラジヲかバーで知らないバンドを知ることがよくあった。「Pulp」も「The Verve」もそのパターンで知った。
「スマッシュマウス」と「スマッシングパンプキンス」のバンド名はよく似ている。そしてまたぼくは今「マウス」をとても気に入っている。だから今更「パンプキンス」は聴かなくていいや、となってしまったのは自分でもとても不思議(初めて村上龍を読んだあとまだ読んだことのない村上春樹は読まなくていいや、とは全くならなかったのだ)なのだが、実際そうなってしまい、やがて「マウス」を聴かなくなり「パンプキンス」にはずっと触れないままだった。
・・・・・・昔からものすごく時々、耳にしていたなかなか美しい曲が、カーラジヲでかかっていたので、逃すか! との勢いスマホ検索してみたところスマパンの「Tonight、 Tonight」だった。そんなわけでぼくは愕然とした。
若い頃に出かけていた夜のドライブや、年末通勤する電車のなか、あるいは書き上げた小説を添削する深夜に聴いていたらどれほど豊かな気持ちになれていただろう。本も映画も音楽もそれらの作品に触れる時には、最も適した年齢があるとぼくはよく思う。もちろん名作や傑作は永遠だ。でもホームランには場外ホームランというモノがある・・・・・・つまりそういうことなのだ。
それを鑑みると裸になって頭から水に飛び込みたくなるような「マウス」の「Why Can`t We Friends?」は確かに適した年齢だったろうけれど「パンプキンス」の「Tonight、Tonight」はボート型浮き輪の上でポロシャツの襟を立て水面に浮かび、空想にふけるタイプの曲だから、今よりもむしろもっと若い時に聴きながら浮かんでみるべきだった。何かが変わっていたとは思わないけれど(たとえ場外ホームランだったとしても得られる得点は変わらない)、でもぼくにはこちらも可能だったのだ。青臭くそれでいて弱々しくだろうと尖っていた時期に襟を立てて水面に浮かび空想にふけることが可能だったのだ。
それにしても自称ロック好きな割には「THE BEATLES」も「THE ROLLG STONES」もぼくは「通って」来てはいない。それこそが最大の「食わず嫌い」なのかもしれないので、驚かれたり笑われたり、もちろんバカにされることもあるけれど、とにかく「通らなかった」し今現在も通っていない。だからこんなことが起こるのだった。
ある日「週末ユーチューブ祭り」をしているとカート・コバーンの「across the universe」という曲が「おすすめ」に出てきた。ぼくはカート・コバーンの未発表曲と早合点し聴いてみた。
シンプルな8ビートのその曲は最高だった。今年の「初めて聴いたよ!! 年間最高ロック大賞」はこれで決まりだな、というくらい最高で三回連続して視聴したのだが、刷新された「おすすめ」には宇多田ヒカルの「across the universe」が現れていてカート・コバーンと宇多田ヒカルの組み合わせにものすごい違和感と、ものすごい期待のまま再生した。宇多田ヒカルはライブステージで、ギター2本の弾き語りだった。それもかなり最高だった。曲のメロディーがとんでもなく美しい・・・・・・えっ、ビートルズもカバーしているのか? 時系列的にそんなわけはない。更に刷新された「おすすめ」でようやく理解したわけだ。
で、原曲を聴いてみた。正直なことを言えば最高ではなかった。
「across the universe」には二つのオリジナルがあるみたいで、最初に聴いたのは鳥のさえずりから始まる方。なんだか「仲屋むげん堂」でビディを買い、チャイを飲みながら吸ってみ? 的なアレンジでアルバム「Let it be」収録の方も概ねガンジスチックだった・・・・・・「あのさ、アクロスちょっといいかな?」「えっ、なに。どうしたのカートくん」「ちょっと言いにくいんだけど、なんて言うか、お前だから敢えて言うんだけど」「なになに?ちょっとこっちまで緊張しそうなんですけど」「お前、本当はスゲー美人だと思うんだわ。でもその化粧がなんて言うか、微妙にブスかなって」「・・・・・・」「もっとシンプルって言うかナチュラルって言うか、そんな感じの方が絶対にきれいだと思うぜ」「・・・・・・」
そんなわけで翌日のアクロスは1ミリもマハラジャではなく、ミディアムロックな化粧で登校した。学校では朝からA組に転校してきた謎の美人の噂に持ち切りだったのだが、それはもちろん陰で「マハラジャ」と呼ばれていたアクロス ザ ユニバースさんに他ならない。
「カートくんに化粧を変えてみればって言われたんだ」アクロスはウタダに言った。
「・・・・・・あいつはきれいなメロディーを書くってリアム(リアム・ギャラガーはカート・コバーンが死んだ後のインタビューでそう言っていた。あいつらに興味はなかったけれど、きれいな曲を書くなとは思っていた云々)が言っていたけど、さすがはカート、あんたそのものを見抜いた感じよね。でもね、一番きれいなのはすっぴんだよ。私には分かってる。あんたはすっぴんが一番素敵なの。でしょ?」ウタダはアクロスの8ビートをクレンジングで落とすと、ギター一本で弾き語り始めた。
ぼくのような素人生徒の意見は二つに割れたが、どちらも昨日まで完全スルーしていたあの子はとんでもない美人に化けたぞ、と盛り上がった・・・・・・ただ、密かに、それは職員室の年配教師たちなのだが「A組のあいつ、マハラジャが一番ですよね?」と確認し合うのだった。
さて、ステージでギターを水平にして頭の上へ掲げる姿を神社の鳥居にたとえられてしまうアベフトシのカッコ良さって松田優作となら比較できると思いませんか?
来月も25日に投稿を予定しています。