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三つの、四つ葉  2

 母親が死んだとき、香典袋の中にお札と四つ葉のクローバーのコインが入ったものがあった。

 会計はすべて義姉(兄貴は後に離婚してしまったので、元義姉となるのだが)がやってくれたので、発見したのは彼女だった。

 「ねぇ、こんなのが入っていたよ」通夜の参列がすっかり落ち着いた深夜に義姉は首を捻った。

 「高橋奈津子(仮名)って、誰か分かる?」

 「俺の友達の妹だと思う。友達もおばちゃんも来てくれていたから、預かったんじゃないかな」

 でもなっちゃんと母の関係はよく分からなかった。もちろん二人に面識はあった。母とトモヤのおばちゃんは昔から結構仲が良く最後までカラオケ友達だったので、娘のなっちゃんとも繋がりはあったと思うー彼らの両親が別居してしまうと、なっちゃんは母親と二人で暮らしていたらしいのだーけれど、それ以上のことは分からない。うちの母への香典袋に、四つ葉のクローバーのコインを入れてくる、という不思議な行為をするに値した、母となっちゃんの関係がどうにも分からなかった。というか「行為」そのものの意味が分からなかったし、ぼくら遺族の誰にも分からなかった。ただ何かの意趣返しのような、嫌味は全く感じなかった。

 死んだ者へ、あるいはぼくら遺族へ「幸運」を忍ばせたのは、ネガティブな意図に思えなくもないけれど、あるいはそう感じてしまうこともなくはないだろうけれど、コインを手に取らずともそうは思えなかった。ぼくの友達の妹が、うちの母に限らず、人の死に尊厳を持たずにいられ、なおかつ攻撃できてしまうような大人の女性に成長してしまったとはどうしても思えない。

 いつか「おばちゃん」も向こうの「スナック」へ熱唱しに行く日が来るだろうから、そのときが来たら同じ物を持って弔いに行き、香典袋に忍ばせた意図を本人から直接聞こうと決めた。

 この不思議な「秘密」の答えは、ぼくの人生でいつかは必ず明らかになるだろう、と密かな楽しみを持ったのだが「楽しみ」というのは、やはり不謹慎だから、なんて思えばいいのか、それこそ未だに謎だ・・・・・・そう、未だに謎であり「秘密」は永遠に解けないこととなってしまった。


 コロナが始まるより前だから6~7年ほどは経つのかもしれないし、もっと経っているのかもしれない。

まだ今の住所に引っ越す前、仕事帰りに偶然駅で会った同級生とそのまま飲みに行き、なっちゃんが亡くなったことを知らされた。言葉がなかった。彼女はぼくたちより四つか五つも歳下だ。もちろん世の中ではあることなのだろうけれど、そんな若い女性が本当に病気で亡くなるなんて驚きしかなかった。

 トモヤは友達の一人にだけは知らせたそうだが、他言しないで欲しい、と言ったという。でも話はこうしてぼくにも届いた。

 その週末の午前中に香典と急いで買って来た四つ葉のクローバーのコインを持ってトモヤに会いに行った。ぼくらが育った地元から少し離れた場所に夫婦でカフェを開いているのだ。

 店に着くとシャッターが半開きになっていて中では二人の女性が編み物をしていた。ノックすると一人がやって来た。ぼくはこちらの御主人と同級生の何某だ、と名乗り用件を伝えた。

 女性は彼の奥さんだった。結婚式後のパーティーで紹介されたことがあったけれど、以来会っていなかったので、初めはどちらも誰かを分からなかった。

 今は副業の手芸教室をしているらしく、トモヤは開店の午後にならなければ来ない、と教わった。出直しかな、と思ったけれど彼女は夫に電話してくれて誰がどのような用件で今来ているのかを伝え、自分のスマホをぼくに渡した。

 相変わらず穏やかな話し方でよく笑った。自分の感情を決して表さないフレンドリーな接し方はおばちゃんとそっくりで、昔から変わらないものだった。でも今の彼の内心は大きく変わってしまったことだろう。たとえ自覚があろうとなかろうと。

 ぼくは自分の母の時になっちゃんがくれた「モノ」を伝え、同じ物を持ってきたと言い、何だかんだ説明したけれど、よく理解されていなかったようだ。


 どうして俺の妹がお前のおふくろさんに「四つ葉のクローバー」をあげたのか? それは俺にも分からないけど、お前がそれを持って来てくれた理由は理解した。


 そんな感じのことを笑って答えた。おばちゃんのときは必ず連絡しろよ、とぼくは言った。そうするよ、と彼は言った。

 奥さんにスマホを戻すと、直ぐに来れないの? と何度も促してくれたけれど、漏れ聞こえる声は拒んでいた。彼は自分のルーティンを誰にも乱されたくなかったのだろうし、妹を知っている幼なじみの顔を見て「その話」なんかしたくなかったのだろう。

 実は彼がその場にいなかった時点で、ぼくも彼との面会を求めないでもいいか、と思っていた。ぼくらは互いの心の奥まで行き来できるような友達ではなかったのだ。そういう特別な奴はお互い別にいる・・・・・・彼はそんな一人にだけこの度を告げていたのだ。でもぼくも知ってしまった。ぼくに教えてくれたのはツマという共通の友達だけれど、あのとき彼と駅で偶然に会ったのは、もしかしたらぼくが知ってもいいだけの時間が経ったので「誰か」がそうしてくれたのかもしれない、と思っている。

 突然の訪問に親切にしてくれた彼の奥さんに礼をいい、レッスンを邪魔してしまったことを詫び、香典と「幸運」を預けてトモヤの顔は見ずに帰った。ぼくが彼の店に行ったのはそれが最初で最後だ。

 レッスンを受けていた女性にもちゃんと詫びてきたと思うけれど、今その確信はない。それは些か由々しき問題だ・・・・・・。



 それにしても息子を見つけてきたのは奥さんだと思う。じゃなければ二人の妖精だろうか? 息子を心から愛する奥さんの左肩には、ヘッドライトを頭に巻く二人はもういないらしい。




 


 錆びもなく、鍵の開く小さな小窓から覗いた古い記憶や懐かしい人たちを文字にしてみると確かに思うことがあった。すっかり歳を取ってしまったけれど今現在いる「ここ」が人生で最も新しい「場所」なんだ・・・・・・俺は今夜も「そこ」にいるんだな、と。

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