栗林の森 4
帰る日の朝もぼくらは海に行った。ブンヤは来なかったので三人だった。内田くんと兄貴は、昨夜自分たちが捕れたはずの「クワガタ」を海に求め、これまで見たこともないくらい大きなカニやタコをテトラポットの隙間に探した。二人は山の借りを海で返そうとしたのだ。ダメだったけれど。
ぼくはカニ捕りをしながら、海に沈む壁の穴を潜る機会を伺っていた。ぼくにだけ刺さったままのトゲを抜かずに帰りたくなかったのだ。
あっと言う間に母親が呼びに来た。バスの時間か電車の時間だったか? いずれにしろ「もう約束の時間になったから戻って着替えなさい」みたいなことを離れたところから呼び掛けた。内田くんは自分の母親じゃなかったので変に抵抗できず、兄貴は割と聞き分けのいい子供だったので、成果ゼロのままテトラポットから堤防へ上がり戻り始めた。
今しかない、とぼくは決意しケノビした。海は今日も凪いでいた。壁に初めて手を掛けてみると足は土台に着いた。静かな水面だったが着水している顎の下では揺れる波を感じた。もたもたしていると母親がやってきて、上がれとか戻れとか言うはずで、そうなると気が散るのは目に見えている。むしろ「あの子は?」と二人に聞いているだろうことを想像してしまい、すでに気が散った。
吸い込めるだけの息を吸い込み、鼻を摘まみ片手を壁に押し当ててしゃがんだ。水中メガネなんてかけていなかった。目がしみただろうけれど、水の透明度と色に驚いた。透明な緑とオレンジ色に透けていて、錆びて曲がった細い鉄筋が土台の一部から出ている。辺りの水が波となり揺れているのが見える・・・・・・どれかは、あるいはどれも記憶の変換だろうけれど、今でもこの時の透明な世界は少しも色褪せていない。
穴は大きくもなく小さくもなかった。水圧に黙した水の静寂を聞いた。穴の前でしゃがみ、左手で鼻を摘まんだまま右腕を先に入れ土台を蹴った。くぐるのに1秒もかからなかったが、背中を擦ってしまい痛さを感じた。
思わぬ痛みで多少焦って見上げた先に、白い光はぐにゃぐにゃ揺れていた。太陽の光だ、と思った。絵や歌のように赤くもないし黄色くもなかった。
ヒラタクワガタは持って帰らなかった。「裏山で迷子にならずにいられたのはクワガタのおかげかもしれないんだから、山に返してあげなさい」と東京へ帰る間際に母親は言った。
捕まえたことに満足していたし最後に「穴」も潜れたぼくに異論はない。だから手に持って裏山に行こうとしたら「その辺の木につけとけば勝手に山まで戻るでしょうよ」と母親は言った。結構大事な思い出だったり、気持ちだったりが、あからさまにあしらわれているのが分かった。
「勝手に戻るでしょうよ」を聞き捨てられなかったぼくはヒラタクワガタを摘まんで裏山へダッシュして登り口の適当な木に放した。
「今度は栗林の森で会おうね」最後に黒い背中を撫でた。
毎年、夏休みになると栗林の森に行った。学年が変わって出来た新しい友達だったり、兄貴と二人だったり、もちろん一人で行く日もあった。塀に上がるのはシトロエンが停まるいつもの駐車場の隅からだ。そしてウロチョロした。たまにコクワガタのオスかカミキリムシが捕れたけれど、基本的にはコガネムシかカナブンだ。新しい友達は、ぼくが初めて栗林の森に来た時と同じような感想を持ったことだろう。
再会を果たせなかったひたちのヒラタクワガタの子孫が、先祖の代わりにいつかやって来てくれる、と信じていたほどバカだったわけではないけれど、カブトムシやクワガタムシの諸々が溢れている、という絶対にあり得ないデマを実に中学一年の夏まで完全には否定し得なかった。それを鑑みると「信じていたほどバカ」ではなかったろうけれど、限りなくその手前ほどにはバカだったのは間違いない。
・・・・・・でも・・・・・・そうでも、もしあのヒラタクワガタの背中を撫でる代わりに、顎に指を挟まれ血の契りを交わしていたとしたら、彼自身か、どこかの代の子孫はやって来ただろうか? と、この文書を書きながら思ってしまったぼくはたぶん今もまだあの信じがたい、超子供だましのデマを・・・・・・。
来月も25日に投稿します。




