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栗林の森  3

 夕方まで海で遊んで家に戻ると、海難事故に遭わなかった内田くんが「このまま裏の山に虫を捕りに行こうぜ」と言い出して兄貴も同意した。ブンヤは疲れたから行かない、と言った。ぼくは二人の山岳遭難など願わず、自分も行きたいと喜んだ。でも母親たちは「止めたら」と言う。内田くんは、暗くなる前に戻るから、と交渉し彼のお母さんは実際どう思っていたのかは分からなかったけれど、うちの母親は、そうね、折角なんだから好きなだけ遊んできなさい、と思っていたことだろう・・・・・・そんなわけで三人で裏山へ行った。山は海よりもずっと近かく1分もしないで登り口だった。山と言うよりは丘だったのかもしれないが、細い杭を寝かせた土の階段の傾斜はそこそこきついものだった。

 艶やかな葉を茂らす夏の木々は鬱蒼とし、少し登っただけで一気に時間が進んだかのように辺りは暗く、バスタオルの上で目覚める朝とは違う、畏怖感すらある肌寒さだ。

 東京と変わらない種類のセミの鳴き声が騒がしい。雨など一滴も降っていないのに、どしゃ降りした後にだけ感じるような、土の強い匂いに満ちていた。

 果たしてどれくらい登ったのだろう? 先頭の内田くんが「やっぱりもう引き返そう」と言い出した。こんなにも森、森としているのにコガネムシやカナブンの一匹見つけられず撤退するとは情けない。海で散々潜るくせに、強い土の匂いと森の深さにひびったんだな、と思った。でもまさか一人でもっと上までいく勇気などあるはずもない。兄貴も同級生の判断に異を唱えずに下り始めた。

 どうしても虫を捕まえたかったのか、それとも一人だけ「壁の穴」を潜れない卑屈さにより、ぼくはあんたたちとは違って山の薄暗がりなんてちっとも怖くないぞ、とアピールしたかったのかもしれない。「帰るぞ」と声を掛ける兄貴を無視して、虫を捕らずに帰るなら勝手にどうぞ、の感じで適当な木の幹に大物を探している振りをした。根性なしの弟に無視された兄貴は当然のこと、後ろをついてこないぼくを放ったまま内田くんと下り始めた。

 独りよがりのアピールをしているうちに、いつの間にか本気で虫探しに集中してしまい気が付いたときは姿のない二人の声も聞こえなくなっていた。そもそもはっとして気が付いたのはさすがに暗くて見つけられないな、と思ったからだ。辺りは、夜への最後のギアを上げようとしていた。坂の上を見やると絶対に行ってはいけない怖いところへ続く暗いトンネルのようだった。今ここで兄貴を呼んだりして声をあげれば、絶対に行ってはいけない怖いところと同じくらい、この足元も怖くなってしまうのをどうしてか理解した。慌てず冷静になって急いで下れ、心の声は聞こえなかったが、ぼくはそのようにした。

 道に沿った木の幹か兄貴の尻しか見ずに登って来ていたので、全く不意の別れ道が現れたときは酷く驚いた。そこには一本の木の杭が縦に打たれていて、頭上には影絵のような暗い照明灯の灯が入っていた。

右か左かと青ざめたときだった。目の前に打ち込まれている丸い杭の面に5~6cmのヒラタクワガタのオスがペッタっと載っていた。まるで落とし物を拾った人が目立つよう置いたみたいだった・・・・・・そしてまたぼくはそこで今度は心の声を聴いた。右だぞ、確かにそう聞こえたのだ。ぼくはヒラタクワガタをひょいっと摘まんで右の下り坂を小走りした。少し慌てながら興奮して急いで。

 二人はぼくが後ろにいなかったことよりもよほどヒラタクワガタに驚いた。

 杭の面にいるのを二人してうっかり見落としたか、二人が通り過ぎてからぼくが来るまでの間に森のどこかからたまたまやってきたのかはもちろん分からない。でもそこにいたクワガタとそこで聞いた心の声は関連があると言うより「セット」だったと思う。


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