ごみくん 6
もう一つの忘れ難い思い出は、やはりごみくんが30×4の大当たりをしたことだろう。
その日、ごみくんは普段よりも果敢に30へ賭けていた。つられて他の子たちも賭けたが、動悸に作用する丸い光が0時00分の位置に止まるのは、毎度誰も賭けていないときに限った。賭けが外れても、賭けていないときに出ても、溜息が漏れる。
ごみくんが30を選択した何度目かのとき、彼は真っ先にコインを4枚入れた。二人が1枚ずつか、一人が2枚入れる暇はなかった。もちろん誰からも文句は出なかった。それどころか、電子機械だけが知っている、ほんの少しの未来にある「結果」をごみくんが今現在に取り寄せられたのか否かの勝負を邪魔してはいけない、との共通認識を持ち誰もどこにも賭けず「未来」が見える不思議な一体感を共有した。30に4枚、それだけが表示されるピカデリーサーカスはこれまで一度もなかった。
後ろの方で緊張していたぼくには、ごみくんの黒い後頭部と華奢な背中かしか見えなかったわけだけれど、彼が最前列で対峙している盤面のルーレットには結界然とした猛烈な気配が漂っていた。
今までディーラーだった他の小学校の子がプラモ売り場からやって来た日本兵に丸椅子を譲った(と妄想した)。
「撃てっ!!」ライフルを構えた日本兵は叫び0時00分へ引鉄を引いた。
光でありながら何かを照らすためではない、どこかに止まるための「玉」は時計回りで走り、ダミーのような周回を重ねる。張りつめた空気の中たぶんぼくらは全員が瞬きをせず口は半開きしていたと思う。
ぼくは目を閉じたくなるのを我慢した。なんか怖かったのだ。
「止まるかな?」その瞬間に立ち会えるかもしれない、そんな緊張感に堪えられなくなった誰かが漏らした。
止まる位置を知っている光はやがて速度を落とした。それが何時何分の位置だったのかは覚えていない。ただ他の誰かが呟いた。
「これ来るぞ」
ごみくんの背中が陰気で暗いだけのものには見えなかった。
ピカデリーサーカスはどこに止まるとしても、もったいぶった急激な減速、と言うかノッキングはしない。
およそ30分前から微妙に速度を落とす光は23時50分くらいで最後の、そして決定的な減速をし、ごみくんがコイン4枚で取り寄せた「未来」にピタっと止まった。未来にあった小さな穴に向かって、過去から現在に飛んで来た小さな石がピタっとはまったかのようだった。
ぼくたちは爆ぜた。誰彼と初めての偉業に肩を叩き合い、ギャーギャー騒いだ。
ピカデリーサーカスはゲホゲホ咳き込みコインを吐き出し続けた。コインの取り口が山となり崩れ始めた。ディーラーの子とごみくんと、もう一人とで取りあえず地面に落とさないよう慌てて取り出した。ディーラーともう一人の子はものすごく興奮して大笑いしていたけれど、当人の、誰よりも大きな笑い声は誰にも聞こえなかった。ごみくんはそういう子供だったのだ。
「うるさくしないよっ!」カーテンを開けたおばさんが珍しく怒鳴った。
「この子がすごいのを当てたんだよ」誰かが言った。
ごみくんって言うだよ、とぼくはみんなに教えてあげたいと思った。でも言えなかった・・・・・・どうやら払い戻されるコインが切れてしまったらしく、経験のない空咳だけが繰り返され、逆に取り口の三人は少しほっとした感じだったろうが、今さっき怒鳴られたぼくらの中の誰かが、仕返しのつもりで「コインが出ませんよっ!!」と、勝手にカーテンを開けて叫んだ。台を叩くのと同じく無断で開けてはいけなかったのだ。
「勝手に開けないっ!!」おばさんはもっと強く怒鳴った。
こっちには興奮した大衆の勢いがあり、大人に怒鳴られても怖くなかった。そんなことも初めてだった。
ところで、吐き出されなかったコインの計算はどのようにされたのかぼくは知らない(ごみくんは手に持っていたビニール袋に、どんどん入れてしまっていたのだ)。おばさんもごみくんも、そばで手伝った二人の子たちも、誰も数をちょろまかすことはしなかったろうとは思う。すっかり大人になった今のぼくの希望だけでしかないのかもしれないけれど・・・・・・。
3年生になりクラス替えがあると、新しいクラスに何人かの友達が出来て毎日遊ぶようになった。何回か「はなや」に誘ったけれど、彼らは乗ってこなかった。
「お母さんが行っちゃダメって言うから」「賭け事をする知らない子たちとは遊びたくない」「怖い人とかいるんでしょ?」等々・・・・・・。
ぼくはあるとき母親に尋ねた。云々の理由で誰も「はなや」に行きたがらないんだよ、と。
「はなやと花札って言葉が似ているから、他所のお母さんや友達はそう思うじゃない」
冗談を言ったのか、本当にそう思ったのかそれは永遠に不明だ。
ぼくはときどき、これまでのように一人で「はなや」に行っていたはずだが、そのときの記憶は残っていない。
そして4年生になると「放課後サッカークラブ」に入部し卒業するまで続けたので「はなや」になど行く暇はなくなった。もちろん一回も行っていない、ということはないはずだがやはり記憶にない。




