ごみくん 5
ピカデリーサーカスは大人気だったし、賭けたい数字は一度に4枚までだったから、たとえばこのような暗黙のルールは存在した。
当たる確率が一番高い2と4は早いモノ順で一人一枚しか賭けられない。早いモノ順とは言えぼくのようなミソっカスはいつも輪の外にいるから、好きな時に賭けられるわけではなかった。
一ゲーム終わると直ぐに輪の内側にいる者たちが次々コインを投入し、丸椅子に座る、いわばディーラーへ賭ける数と枚数を告げた。ディーラーは指示されたベットボタンを押し、もちろん本人もベットし、どこかに「空き」があれば「まだ賭けられるけど誰かいる?」 等と一応は確かめた。どの回も10や30しか残っていないので後方のカス連中は沈黙するしかなく閉め切られた・・・・・・いくぞ、とディーラーがスタートボタンを押して光の玉をまん円い軌道上へ走らせる。勢いよく周回する光の玉はそのうち速度を緩め、何の対価もなく神様にお願いした数字に停まるか否かを見守った。
強く拳を握るか合掌して閉じていた目を片方だけ開ける。毎回30以外の数は少なくとも一枚は賭けられていたので、常に何枚かのコインが吐き出された。当てた者は自分の取り分をディーラーへ申告し受け取った。掛け算を間違えたり、すっとぼけて誤った数を言う者はまずいなかった。ぼくらの賭場に性善説は確かに存在していたのだ。
ごみくんは一つ上だったが、ぼくらと殆ど変わらない体格であったにも拘わらず、最前列とも言える位置にいつだっていて、なんならたまにディーラーだったりした。
彼はよく当てていたし、賭け方も必ず二枚以上だった。2に賭けることはまずしない。2が出そうなときは休む。たまに30に賭けるとどよめき、前列の連中は便乗した。後ろのぼくたちは傍観者として、大袈裟に言えば「真の奇跡」を待った。もちろんなかなか当たるものではない。
物静かな英雄は、今でいう「コミュ障」だったのだと思う。だから賭けるときは自分でベットボタンを押していたし、配当も自分の手で取った。それが可能な位置にいられたのだ。どうみても上級生の子が後ろへ追いやられていても、ごみくんだけは前列から「排除」されなかった。ぼくよりも二学年上のたもつくんがいない日には、ということだけれど・・・・・・ごみくんはとにかく無口だったのでディーラーの時は、そばの子が代わりに色々と仕切った。もういいか? 行くぞ、と言ったらごみくんがスタートボタンを押す。配当はその子が各々申請する勝者に渡した。たもつくん以外の子はごみくんをリスペクトしていたのだ。
たもつくんはときどきしか来なかった。でも来ると威張った。他の小学校の上級生がディーラーをしていない限り、自分が丸椅子に座ったし、座れないときは椅子の横に立っていた。後ろからかき分けて、その場にいた子を押しやるのだ。まだ四年生なのにかなり強気だ。だから嫌われてもいた。
たもつくんと兄貴は同級生でクラスも一緒だった。母子家庭の母親と、絵に描いたように凋落した家庭の母親は、自分とは違う種類の苦難を互いに思いやれる良好な仲だったのでぼくは彼を知っていたし、彼はぼくを知っていた。だからこそたもつくんがいるのは誰よりも嫌だった。よく知っている人が「平和な賭場」を荒らしているようで嫌だったのだ。「はなや」のおばさんに面と向かい、ばばぁ、と言えてしまう彼の存在で売り場もゲームコーナーもどこか空気が変わる。プラモデル売り場の日本兵の幽霊に、たもつくんを追い払ってくれませんか? と願っていたのはぼく一人だけではなかったろう。
あの日、たもつくんが後からやって来て、丸椅子に座りディーラーをしていたごみくんをどかすと自分が座った。ごみくんは無言のまますぐ横に立ち、様子を見たり賭けたりをして、ぼくは相変わらず後ろの方で2に賭けられるチャンスを伺っていた。
ごみくんがたもつくんにパシらされたのは、たもつくんが来て直ぐのことではなかったと思うし、特に珍しいことでもない。
離脱したごみくんがピカデリーサーカスの人だかりに、何かを持って戻ってくると、後ろから腕を伸ばし背中を向け熱くなっているたもつくんに渡した。たもつくんは、おうっ、くらい言ったはずだが礼など言うわけがない。代金のコインは自分持ちだったので、たもつくんはまだ「平和な賭場」の最後の線は越えていなかったのかもしれない。
自分の何かしらも手に持っていたごみくんが前の方には行かず、今日は後ろにいたままだった。それはとても珍しいことで、しかもぼくの隣だった。
ぼくは少し意識した。暗い表情をしながら、死んではいない目でルーレットを追い、結果が出てワイワイする騒ぎには距離を置き、小さく頷く。ここで一旦、ルーレットに参加せず、常に頭の中で続けていたピカデリーサーカスの法則の解析を他人のコインでしようとしたのだろう。台から離れることで新たな発見があるかもしれないぞと。じゃなければ、顔に出てはいないけれどたもつくんが、ぼくよりもずっと嫌だったのかもしれない。
ごみくんに初めて話しかけたのはこのときだった。
「次は何が出ると思う?」ぼくは聞いてみた。
「8じゃないかな」ごみくんは無視せず、話しかけられたことを恥ずかしがりもせず、むしろ普通に答えた。
「当たるかな」ぼくも、ごみくんが普通にしゃべったことを特に驚かずに言った。
「2枚賭けてみなよ」
ごみくんは言ったが、ぼくは腕を伸ばしてたもつくんにコインを1枚渡し「8」と言った。
光が廻り始めた。どうしてか当たる予感がする。それが強くなっていくと緊張に変わり光はスピードを落とし始めた・・・・・・叫んだような気もするし、叫ばずにその場で何度もジャンプしただけだったような気もする。いずれにしろぼくはたもつくんからコインを8枚受け取った。嫌味みたいなことを言われたけれど、腹は立たなかったし日本兵にチクったりもしなかった。
「教えてくれたから、1枚あげる」ぼくはごみくんに言った。
少し驚いたようなごみくんはぼくの顔を見て首を横に振った。
「でもあげるよ」ぼくはもう一度言った。
「いいよ。よかったね」ごみくんは恥ずかしそうに微笑んだ。ごみくんはいつもビニール袋に入った大量のコインを持っていたのだ・・・・・・確か20枚以上からだったと思うけれど、帰るときに大量のコインを持っている子はビニール袋に入れ「はなや」が預かってくれた(ごみくんは毎日預けていた)。




