ごみくん 1
一学年上のごみくんを覚えているぼくの同級生はいないと思う。ギャーギャー煩い派手な先輩たちとは極北に位置した彼は、ろうそくの火で不規則に揺れる、薄い壁に映った影のような陰気な先輩だったのだ。同じクラスにいても暗いから逆に目立つということすらなかったかもしれない。
もし仮にごみくんを知っていたぼくの同級生が何かのきっかけで思い出したとしよう。そして自分の同級生でごみくんを覚えている奴は他にいるだろうか? と考えてみた。でも誰一人思い浮かばない。ぼくが誰一人思い浮かばないように。だからもしかすると、ぼくのように彼の名前を耳にすれば思い出す奴が一人、二人くらいはいるのかもしれないし、実はよほど彼のことを知っていたかもしれない。ああ見えて実はどうだった、こうだった、と。なんせぼくはごみくんの下の名前さえ知らないのだ・・・・・・。
最近になってごみくんを思い出したのは、初めてのエッセイをボチボチ書き始めてからだった。いくつかのネタを箇条書きし、思いついた順に書き留めていたのだが、他にも記憶の彼方で埋もれている、書くに値するような、書いてみたいと思えるような「出来事」や「人物」がありそうだよね、とパソコンに向かっていない時間になんとなく掘り返していると、思いもかけなかった「ごみくん」が現れたのだ。なるほど、確かにごみくんのことは書いてみたい、と思った・・・・・・そして彼を思い出したのはこれまでの人生で三度目だった。そう、実は初めてではない。
お風呂屋さんの前で見た最後の姿が、少年時代の「時の経過」にもがれてしまい、記憶の藻屑と言うか、土砂に埋もれたままで全く問題なかったのに、最初はおそらく二十代半ばのころだったはず。そのころは毎朝の電車通勤時に、可能な限り隅から隅まで新聞を読むようにしていたので文化面も読んでいた。どこか意地のように。そしてある日の文化面に載っていた記事の読後、彼は当時のぼくの感想となり現れた。その時のことも合わせて、ごみくんを掘り当てたのだからぜひ書いてみようと決めたわけだ。
ラスベガスのカジノ界隈に、ふらっと現れた一人の日本人男性は白井(仮名)と名乗った。歳は三十代半から四十代ってところだ。白井は一晩に一か所で勝負し、次の日は別の賭場へ行く。毎晩場所は変えるが、勝負は決まってポーカー。白井はどこの賭場でも連日連夜勝ちまくり一週間ほどで2000万ドル以上稼いだ(元手が幾らだったかは不明)。
ナニ人だろうが誰かがラスベガスで大勝するのは街全体にとって、ここには夢がある、という宣伝になるのでむしろ喜ばしい事態だったが、同じ人物が日ごと違う場所で勝ち続けるというのは問題だ。街と彼の間には何か特別な理由があって、それで仕方なく勝たせているのではなかろうか? しかも相手はJAPらしいぜ、と噂されかねない。
スゲーやばい謎の日本人が、まだ来店していない各カジノのオーナーは「Mr sirai」の情報を共有し警戒した。
・・・・・・豪華な噴水ショーをよそに、その夜噂の日本人が現れるとセキュリティーは現場責任者へ通報し、責任者はオーナーに報告した。オーナーは直ぐ一般客が興じるフロワーに下りてきて、両替所にいた白井の肩を叩いて挨拶した。
「ミスターシライ、今夜はお越しいただき光栄です。私は当ホテルのオーナーでスミス(仮名)と申します」
「こんばんは。私なんかにわざわざ挨拶しに来てくれてこちらこそ光栄です」
二人は大きさの違い過ぎる手で握手した。もちろん互いに探りながらだったし、この時点で勝負は始まったのだった。
「どうでしょうか? 今夜は私とサシで夜を過ごしていただけないでしょうか?」
「なるほど。なら私に断る理由はありませんね」




