紫色 3
ぼくらは電車を一本見送り、次に来た電車に乗った。車内は普段の山手線くらいか、それ以上に混んでいて、中高生の女の子たちの中には「すごい混んでるね」と興奮気味に友達とクスクス笑っていた。三軒茶屋に着くと沢山の乗客が降り、そこそこ乗って来た。
車内がこれまでよりはいくらか空くと、彼女は珍しく席に座っていて「あの本」が入っている鞄を膝に乗せ目を閉じていた。ぼくは彼女がいつも立っている場所を確保し「今朝」の本を読んでいる振りをして、気付け、気付けとアピールしながらチラ見をせざるを得ない。
当たり前だが一文字も目に入らずにいると、いつの間にか彼女は目の前に現れ「さっきの私の合図、分かった?」と聞いてきた。ぼくは驚きと緊張で吐きそうになり「合図ってなんすか?」と嘘をついた。「国境の南 太陽の西」のことを言っているのは明らかだ。
「・・・・・・私はね、月曜日から、あなたが今朝は何を読むのかを知っていたの。だから昨日、わざわざ買って来たのよ。渋谷のホームで、あなたはそれを見たはず。でしょ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ、彼女かなにか、そういう関係の女性はいる?」
「・・・・・・あっ、はい。指輪はしていないけれど結婚しているんです」
「・・・・・・。私に嘘つくなら、それはいまだったのよ。合図ってなんすか? って言わずに、いえ、いません、って嘘ついてくれればよかったのに、とても残念ね」・・・・・・と、いう、当然だが完全な妄想をしていたら、またしても用賀に着いたわけだ。
電車を下りても妄想の余韻に手こずり、こっちの世界へ戻るべく一呼吸置いたのでホーム階段を目指す人波みの最後尾になった。前方には彼女の後姿があった。時間に遅れている乗客たちは順次階段を上り始めたのだが、彼女は階段の手前で列から離れ、少し先に行き革の手袋をした左手を壁について中腰となり下を向いた。
具合が悪いんだ、と後方から察した。声を掛ける最大のチャンスではあったけれど、動じてしまったぼくに駆け寄ることは出来なかった。
下を向いてからあっという間に彼女は振り返り、行き過ぎた階段までの2~3メートルを、薄氷の上か雲の上を小走りするかのような、優雅な、と言うか、明らかにふわっとする足の運びで戻り階段に消えた・・・・・・この文を書くにあたりあの時の、ちょっと非現実的にも見えた彼女の小走りを思い出していたのだが、的確な比喩ではなく、おそらく正解を思いついた。彼女は昔にクラシックバレエを習っていたか、今も続けているのだろう。あの時の「ふわり」感はun deux trusだったに違いない。癖で出たのか、意図的だったのかは分からないけれど、吐いてしまった彼女は、少なくとも自身の身の内にある「空気」を変える必要があったのだ。
彼女の行動を目撃したぼくは、まるで小学生の時、どこかの便器の中に大便が残されているぞ!! というビックニュースを聞きつけた友達とダッシュして見物し行った、謎の野次馬根性に似る心境で「現場」を確認してしまった。
その夜、ぼくは奥さんに「それからのこと」だけを話した。「これまでのこと」はあらぬ疑いを持たれないよう黙っていた。
「今朝さ、用賀のホームで吐いちゃった人がいて、なかなかの美人さんだったけど、そんなことよりも、なんて言うか・・・・・・色が紫色だったんだよ。初めて見たよ」
「可哀そうに。でも紫色の吐しゃ物って、毒を戻すときにその色がつくことがある、って聞いたことがあるよ」
「毒?」
「何かで読んだのかもしれないけれど」
「色の濃いい紫のアサガオの花みたいな色だった。茶碗に一杯分くらいの量で」
そうそれはアサガオの花のような紫色だったのだ。
・・・・・・あの子ってさ、どうしてこんなに不注意なんだろう? ってずっと不思議だったんだけど、本当はよく転んでいたわけじゃなくて、お父さんに打たれていたらしいんだ・・・・・・中学の同窓会から帰って来た奥さんが少し酔いながら、小中一緒だった友達の、初めて聞いた告白を悲しそうに語っていたとき、ぼくが頭の中で思い描いた幼い女の子の腕や足や、背中に滲むどす黒い紫色なんかではなく、同じ学校の先輩と同棲していた、同級生の女の子が、いつか必ずあの男を殺してやる、と誓った日に、左目の周りにあった赤黒い紫色の跡とも違う紫色だ・・・・・・。
「ってか、量の説明はいらないでしょ?」奥さんは眉間に皺を寄せた。
彼女の足の運びを思い出しているとき、やはり紫色の吐しゃ物が気になったので、本当に「毒」が要因なのかを調べてみたら、チャットGPTがべらべら説明し出し、一般的な色ではないから、特定の物質か摂取した食品に関係があるだろう、と解説した。「毒」という文字は現れなかった。他のサイトには赤ワイン等とあったが「特定の物質」が何なのかは分からないままだ。ただ、疾患のサインとして他の色がつくってことは初めて知った。
紫色の衝撃を受けたまま階段を上がると、彼女は改札窓口で若い男の駅員さんと話していた。状況から察するに、吐いてしまった旨の報告とお詫びをし、なんなら道具を貸してもらえれば自分で始末する、と言っていたのだろう。じゃなければ、駅員さんも誰も見ていない(もちろんぼく以外には)のだから、自ら言い出さなくたってよかったはず。でも彼女の性格や道徳心はそれを許さなかった。彼女の顔の美しさは、そういう類の「チーク」が引かれているのだから。
若い男の駅員が頷くと彼女は頭を下げて改札の外へ出て行った。いつもと同じ左の階段へ向かう今朝の後ろ姿が最後だった。
次の週の月曜日にいつもの電車に彼女はいなかった。火曜日もいなかった。ぼくは三軒茶屋で一旦降りて次の電車に乗ってみたけれど、彼女はいなかった。水曜日は探さなかった。木曜日は渋谷で一本前の電車に乗り、そして三軒茶屋で降りて、いつもの電車に乗ってみたけれどやはりいなかった。用賀の駅のホームベンチに座って次の電車が入ってくるまで待ってみようかとも思ったけれど、本当はとっくに分かっていた。もう一度彼女に出会えるとしたら、すっかり忘れた頃に出てくる夢の中か、いつか彼女のことを書くその時がくるはずの、小説の中でしか会えることはないんだ、と。
夢の中で再会するよりも先に「夜の蓋」という作品を書いているとき、突然に「その時」が来たことを悟り、結末は違えたけれど再び彼女に「出会った」。最後が宣伝みたいになっちゃってなんだけれども・・・・・・。
来月も25日に投稿します。




