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十字路 1

 映画「スモーク」を観たのは遥か昔で、奥さんがまだ一人暮らしのころだ。近所のレンタルビデヲで借りてきて、バイトの休みの日に二人で観た。

 ぼくは「スモーク」という映画があること自体知らなかったし、どんな内容であるかを説明されても観たいとは思わなかった。知らない監督だったし、出ている俳優は全員知らず、原作と脚本も担当するポール・オースターをまだ知らなかった。当時のぼくがこの映画で知っていたことといえば原作―オーギー・レンのクリスマス ストーリー―の翻訳をした柴田元幸という翻訳家は、村上春樹と仲がいいらしい、と言うものだけだった。つまり映画「スモーク」とは一切かすりもしない予備知識しかなかった。

 音楽や小説、もちろん絵画なんかもそうだけれど、好みは年齢と共に変わっていくものだ。

 当時は「マッドマックス」と「猿の惑星」のシリーズ以外のハリウッド的な作品はまずもって映画館に観に行くことはない、という感じでは全くなかった。逆のことを言えば、ハリウッド的な派手さや、誰もが知るくらい知名度のある監督の映画ばかりを好んでいた。でも奥さんは違った。

 そんなわけで、たぶん不承不承「スモーク」を観たのだったが、ちっともつまらなくなかったので少し驚いた気がする(と、いうか最高だろう?)。

 ブルックリンの街角にある煙草屋のお父さんが、毎日毎日10年間に渡り、同じ時間に同じ場所で写真を一枚だけ撮り続ける。この大変優れたクリスマス物語で最も重要な「カギ」と言うか「スパイス」とするのなら、間違いなく「定点観測」だったと思うのだけれど、ぼくの感想でしかない・・・・・・ぶっちゃけて言うのなら、あらためてググってみるまで「そのこと」しか覚えていなかった。


 今回は、通勤途中のぼくが意図せず行うことになっていた「定点観測」の細やかな実話です。


 ぼくの担当トラックは、コロナが始まる何年か前に会社の都合と配慮のおかげで、自宅から自転車で20分くらいのところに借りてもらった駐車場にある。自転車なら便利だけれど、公共交通の便はかなり悪い。なんせ大小様々なトラックを30台以上も駐車できる更地だから、便のいい場所になどあるわけがない。過去に二度ほど、それは共に帰り道だったのでまだよかったのだが、自転車がパンクしてしまい押して帰らざるを得なくなり実に50分もかかったのだ。また一度だけ徒歩、バス、徒歩で戻ったときは40分以上かかった。まぁ、そのような距離にあるわけだ。


 通勤通学の手段がどうあれ、決まっている時間に間に合うよう家を出て、最短時間のルートを毎日使う。もちろん素敵な目的があるか、素敵な事案が発生した場合のルート変更はやむを得ないところだが、むしろ遠回りにワクワクするはずだが、基本的には電車でも自転車でも車だろうと朝の通勤通学は毎日同じ(ような)時間に同じ(ような)場所に居るか、通り過ぎるので、時として昨日も今日も明日も同じ「誰か」の姿を目にする・・・・・・。


 自転車通勤になって、2年ほど過ぎたころの6月にぼくら家族は引っ越しした。区を跨いだだけで家賃が安くなり、間取りは増え、駐車場が少しだけ近くなった。でも今までとは全く違うルートを毎朝通るようになったわけだ。


 


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