地学部合宿会 35
照れる楠木先輩とは裏腹に、石川先輩は怒ったように言った。
「何でお前の方がうまいんだよ!」
「上手いとかよせよ、照れるだろ」
「もう、お前には二度と絵を見せてやらん!」
「そんな、それは困るよ。また、いつか、デッサン大会でも開こうよ」
「それだけは絶対にしない」
「えーケチだな。絵が好きなもの同士、もっと交流を深めようよ」
「絶対に嫌だ」
「なんでだよ。絵が好きな人間なんて数少ないのだから、いいだろ」
「嫌なものは嫌なんだ」
また始まってしまった。もはや恒例行事となっている、楠木先輩と石川先輩の言い合い。僕はこれを止めるべきなのだろうか。放っておけば、延々と言い合いをやめない二人だから、止めるのが正解だろうけど、先輩たちの言い争いを、果たして僕に止められるのだろうか。もう、なんか、この場から離れたい。昨日から同じことしか言ってないけど、もう見飽きた。気づかれないように後退りでもしていれば、逃げられるのじゃないか。
ゆっくりと背後を気にしながら、後退りをしていると、僕の肩を静かに掴んだ人物がいた。掴まれた瞬間僕は、殺気のようなものを感じた。恐る恐る振り返ってみると、そうそこにいたのは、この場に最も相応しい、唯一この二人の言い争いを鎮めることができる人物。此花先輩だった。
僕は恐怖で、この場から走り去った。あのあと二人がどうなったのかは知らない。ただ、三人で帰って来た時に、石川先輩の右頬が赤くなっていたことが全てだと思う。にっこりと笑う此花先輩を前に、これより深い追求は、その場にいた全員が避けた。
「そろそろ時間だから、駅に向かいましょうか」
此花先輩の合図で、列を作って駅まで歩いた。気まずいとかはなかったけど、岡澤君とは、まだ話せそうになかったから、僕は、楠木先輩と石川先輩の後ろを歩いた。二人とも、此花先輩から相当言われたのか、俯きながら、帰りの足取りは誰よりも重たそうだった。
駅に着いて、汽車に乗り込むと、なぜか山河内さんが僕の隣に座った。山河内さんの隣は、堺さんで、僕の反対の隣が、中村君。その隣が岡澤君だった。
僕が不思議そうな顔をして山河内さんを見ていると、山河内さんはそれを察したのか、こう言った。
「まだまだ話したいことがあるって言ったでしょ」
「それはそうだけど、今なの?」
「聞かれてやましいことなんてないし、いつでもいいかなって」
僕としては二人きりのタイミングで、たくさん話をしたい。山河内さんがその時間を作ってくれるのなら、どんなタイミングであろうとも合わせよう。まあ、そんな時間滅多にないから、話せることも限られてくる。聞かれて困らないことなら、今でもいいのか。
「それで、話したいことって?」
せっかく山河内さんが話そうとしていたのに、僕と山河内さんの時間は、岡澤君によって邪魔をされた。
「一時はどうなるんやろうと、思っとったけど、仲直りできたんやな。これで一安心やな」
なんて返せばいいのか分からず、僕は何も言わず岡澤君から山河内さんの方へ目を移した。そしたら、僕の知らない間に、隣が山河内さんから堺さんにすり替わっていた。堺さんは、僕の方を見つめて、耳元に顔を寄せて囁いた。
「仲直りできてよかったね。中田君も案外やるんだね。お疲れ様」
そう言われた。
それよりも、女子に耳元で囁かれると言う経験がなかったから、言われ終わった後に、僕は「ふあ」とかどこから出たのか分からないような、変な声を出してしまった。それを聞いていたのは、堺さんくらいだって、誰にも何も言われなかったからいいが、堺さんと近づいていた僕を見て、岡澤君が嫉妬してしまったようで、汽車の中だって言うのに、岡澤君は叫んでいた。
「もう絶交だ!」
と、幸いにも、汽車に乗っている人数は少なかったから、乗っていた人には迷惑ではあったけど、一瞬見るだけで気に留める人はいなかった。だが、此花先輩だけはそうはいかなかった。
「岡澤君? ちょっといいかな?」
「は、はい……」
岡澤君は、運転席の真後ろ、トイレの陰になっている出入り口の扉前に連れて行かれた。汽車は電車と違って、エンジンの音ら走行音が大きい。何を言っているのか、何をしているのか、影に隠れて分からなかったが、帰って来た岡澤君は、石川先輩のように右頬を赤くしていたから、痛い制裁を受けたんだと言うことだけは頭の中で理解した。岡澤君にも深くは追求しなかった。
合宿から帰ってきて、家のベッドで寝る準備をしている時、如月さんから一件のメッセージが来ていた。
(話したいことがあるのですけど、今週の土曜日、予定空いていますか?)
あれ、僕何かしたっけ? 何で、合同合宿から帰ってきて以降、話しても会ってもいないのに、呼び出されているだ。も、もしかして、山河内さん。自分から約束をしたのに破ったって言うのか。
「山河内さんの嘘つきー!」
ベッドの上で、泣きながら叫んだ。後日、朝起きて、親に夜中に叫ぶなと怒られた。それよりも、如月さんからの呼び出しの方が幾分にも怖かった。




