地学部合宿会 9
堺さんお願いします。嘘でも何でもいいので代わりに山河内さんを宥めてください。僕にはこれ以上嘘はつけません。正義感とか山河内さんに嘘をつきたくないとかじゃなくて、単に嘘が下手なので、これ以上は必ずボロが出ます。なのでどうか代わりにお願いします。
僕の心からの願いも虚しく、堺さんは山河内さんが来てからいつもの真顔を決め込んで、一言も話すことはなかった。何なら僕の背後に隠れてやり過ごそうとしていた。
「まあ、二人がどんな話をしていたかはプライベートなのだったら訊かないけど……」
幸いにも山河内さんがこれ以上踏み込んで訊いてこなかったので、追及されることはなく何とは僕は逃げることができた。もしこれ以上に訊かれていたなら、間違いなく僕はどこかで致命的な間違いを犯していた。そして話していたことの嘘がバレて、山河内さんに問い詰められていただろう。相手が優しい山河内さんでよかった。
「真咲も中田君も行くよ。サボってないで早く石拾いを再開させるよ」
山河内さんは堺さんと僕の手を取って、皆の方に戻ろうとしていた。山河内さんの柔らかいその手に掴まれている手を振り解きたくはないけど、僕はまだ用を足せていない。
「ご、ごめん山河内さん……実はまだトイレ終わってなくて……済ませてから戻るから」
立ち止まって、そう山河内さんに言うことしかできなかった。
「……そっ」
僕が立ち止まったことで、僕の方身体を向けていた山河内さんは、白い目を向けながらそっと手を離して、堺さんの手を引っ張って砂浜の方へと戻って行った。
トイレに入る前に僕はもう一度ベンチに腰掛けた。そして木に覆われて半分も見えない空を静かに眺めていた。何故そんなことをしていたのかと言うと、山河内さんの態度が気になっていたからである。かれこれ山河内さんとは四ヶ月以上の付き合いがあるが、この四ヶ月でここまで冷たい態度を取られたことはなかった。心に大きな穴を開けられた気分だ。山河内さんの態度が衝撃的すぎて、僕は廃人のようになっていた。このまま灰になってどこかに飛んで行きたいそう思っていた。
これからどうしようか。取り敢えず如月さんに訊いて助言でもしてもらおうか。いや、如月さんはダメだ。訊いても多分ダメ出ししかされない。性格の悪い如月さんのことだ、僕の心をもっと折にくるに違いない。今これ以上に心を折られたら、今度こそ本物の廃人になれる自信がある……
もう僕の人生詰んだな……
山河内さんに絶望された時点で、もう終わったな。あーあ。如月さんにはなんて説明しようか。正直に全部話したら幻滅されるのは間違いない。でも、正直に話さなかったら如月さんに追及されるのは避けられない。メッセージのやり取りだけで済めはいいけど、如月さんは必ず二人きりの時に聞いてくるはずだ。どんなに二人きりになれない状況でも、如月さんは無理矢理でも二人きりの状況を作るから、考えるとしたら内容をどう伝えるかだ。嘘ではない絶妙なグレーゾーンを攻めながら、うっすらと本当のことを話す。それを夏休みいっぱいで考えておく。
それができれば苦労はしないのだが、いざ本番になると考えていた言葉がどこかに消え去ってしまい、結局いつも言葉に詰まるのだ。事前に考えようがぶっつけ本番だろうがそんなに変わらないけど、事前に考えておく方が心の準備がまだできているから、如月さんと込み入った話をするときはマシなんだ。
木に半分以上覆われている空から、時折風が吹いて予想以上に大きな木漏れ日が差し、そんな太陽を浴びて浄化されている気分になっていた。風も心地良かった。
そろそろ戻らないと変に思われるな。
ふと我に帰り現実に目を向けた。
さっきまでは虫がいてトイレに入ることを躊躇っていたけど、山河内さんのおかげでそんなことがどうでもよくなった。虫を何匹踏み潰そうが今の僕には関係ない。この世は弱肉強食だ。弱きものは強いものに蹂躙されるんだ。ある意味無敵状態だった。
用を足して、重たい足取りで石拾いをしているみんなのところへ向かった。道中、砂に足を取られて転けかけ足を捻り、僕が石拾いをしている時よりも暑さがひどくなったように感じていた。
それもそうか。結構長い時間日陰で休んでいたからな、急に日向に出て体が付いていけなくなっているのだな。
あと精神的なこともあるのではと後々思った。
「大智遅かったな。おっきいほうか?」
戻ってきて第一発の岡澤君の言葉がそれだ。
「違うよ。虫が多すぎて入るのを躊躇っていたんだよ」
何をしていたのか本当のことは言えないから、嘘ではないグレーゾーンでもない、真実の三割程度のことを話した。
「俺も行こうかと思いよったけど、それやったらやめようか」
「岡澤君、虫とか苦手なの?」
何だか意外すぎて無意識に質問していた。岡澤君のことだからてっきり、虫なんて見向きもしないで突き進める人だと思っていた。
「まあ、恥ずかしながら……カマキリに手を切られてから触れんようになってん」
割とあるあるのトラウマだった。
「って、あのトイレカマキリはいなかったよ。ほとんどカメムシだった」
「実はカメムシもあかんねん。あいつらめっちゃ臭いやん」
虫を嫌いな理由が少し可愛いと思ったことは本人には言わないでおこう。




