婚約破棄は茶番ですので、とりあえずワインを飲むことにしました
まず始めに、あらすじにも書きましたが、キャラクター全員がお酒の飲める成人なので、安心してお読みください。
サブテーマは「お酒は飲んでも飲まれるな!」です。
では、最後までお楽しみください( ´ ▽ ` )ノ
我が国では、貴族同士の交流の場として舞踏会が月一回催されています。そして、そこでの婚約破棄は、憎悪と嫉妬と憧憬と愉悦が繰り広げられる、一種のエンターテイメントとして取り上げられていました。
しかし、ありとあらゆる貴族令息の皆様がこぞって面白そうだとやりたがるため、今では公の場で婚約破棄をする事は国で禁止されているはずなのですが…。
「ローレライ・アスナ侯爵令嬢よ!お前との婚約を破棄するっ!」
おや?どうやら突然、私の名前が会場内に響き渡ったようです。
私は手に持ったグラスの中の赤ワインを一気に口に運んでから、声の主の方へと歩いて行きました。
「…あら?婚約破棄とはまた物騒な…。そんなにまでして人々の注目を集めたいのですか?エリック殿下」
「そーだとも!皆にこの事を伝えるがために、この場で発表をした!お前のような悪女に、妃なんて絶対に務まる訳がない!妃に相応しいのは、ここにいるマルタ嬢に決まっておろう!」
そう言って、私の婚約者である第一王子のエリック殿下は、手に持ったグラスの中の白ワインを一息に飲み干しながら、もう片方の手で男爵令嬢であるマルタさんの肩を抱き寄せました。
…それにしても、エリック殿下の顔が顔が赤いですね。お酒が弱いのにそんなに飲んで…。
しかも、もう空のグラスが二杯もあるだなんて、『酒を飲むな』と仰っていた陛下に怒られるのではないでしょうか。
…まあ、今さっき婚約破棄された私に、とやかく言う権利はないのですが。
私はため息をついて給仕を呼び、赤ワインの入った新しいグラスを手に取りました。
「悪女とは、人聞き悪いですわ、エリック殿下。私が一体何をしたというのです?」
「ふん。しらばっくれるなよ〜?お前は、マルタ嬢のドレスをヒールで踏んで千切ったり、噴水に落としたり、さらには暴漢にまで襲わせようとしたんだろぉ〜。…ヒック…。そんな奴にぃ、国母となる権利などないっ!…ゥイック…」
あらあら…もう酔っ払いが完成してますね。…ふふっ、面白い。
しかも、また給仕から貰った白ワインのグラスを持って一気飲みしてますし、かなり呂律が回ってませんね。
…まぁ、こんな酔いどれ殿下が言っている悪事の数々は、私がやったものではないんですけど、なんかちょっとムッとしました。
ここで私はやってないと否定してもいいですが、それで拗れるのは真っ平ごめんですし。
なので、ここは逆に酔った状態でエリック殿下に乗ってやろうと、私は手元にある赤ワインをグイッと飲み干してから、高らかに笑いました。
「あっははははははは!そうよそうよそうよ!!私が彼女に嫉妬して嫌がらせをした犯人よおおおおおお!!ふっふふふふふふふふふ!!」
「そうかそうかそうか!お前がやったのか、この悪女めえええぇぇぇ!!」
「そうよ!私はこの国随一の悪女!それを摘発しようとする殿下はとても素晴らしい考えをお持ちのようですわね!あーっはははははははは!!」
「であればぁ!…ヒック…。お前はこの国の癌!今すぐこの場から立ち去れぇ!貴族籍を抜いて国外追放だああああああ!!」
そう言って、エリック殿下はグラスを持っていない手で、懐から『婚約破棄の書類』と『貴族籍を抜けるための書類』を取り出し、それらを笑顔のまま天高く上げました。
ああ!まるで宝の地図を手にしたかのようなエリック殿下の喜びようが、ヒシヒシと伝わってくるようです!
私もワクワクしながら「はーい!」と手を挙げて、彼の近くに寄ろうとしたのですが…。エリック殿下の隣にいるマルタ嬢が鬼の形相で私を睨んできて、ちょっと酔いが覚めました。
「ねぇ、エリック様ぁ?なんで、この女が国外追放なのぉ?この国の癌なんだから、今すぐ処刑しようよぉ」
…なんです?マルタさん、もしや殿下に告げ口して私を殺そうとしてます?
私は急に、殺されるかもしれないという恐怖と不安で、顔を青ざめさせました。
冗談とはいえ、悪女と言ってしまった手前、この話でエリック殿下が「それもそうだな」と頷けば、私の命はないかもしれません。
しかし、この話を聞いてジト目でマルタさんを見ていたエリック殿下は、給仕からまた貰った白ワインのグラスを持ったまま、突如大声でこう発言しました。
「はあぁ?お前こそ癌じゃねぇかよぉ、マルタ嬢よぉ!」
「…え?」
あんなに仲睦まじそうにしていたはずなのに、まさかの暴露に会場がシーンと静まり返りました。
そして、エリック殿下は酔っ払ったまま白ワインを一口飲み、この場で声を張り上げました。
「だあって!妃になりたいのって、贅沢するための金のためだろぉ?散財しまくって借金して闇金に金借りてるの知ってるんだからなぁ!俺のことなんてこれっぽっちも好きじゃないくせに、こいつ他に男作ってるんだぞぉ〜?ヒック…」
「なっ!」
どうやらマルタさんは図星だったようで、顔を真っ赤にして、わなわなと身体を震えさせているようです。
しかも、エリック殿下の暴露に驚いて、音楽隊の皆さんの演奏が止まってしまい、周りも「他に男作るとか、妃に相応しくないのはマルタ嬢では?」「エリック殿下が可哀想ですわ。悪女二人に挟まれて」と、ヒソヒソと内緒話を始めてしまいました。
…うーん…。なんかこの空気、静かで重いですわね。せっかくの華やかな舞踏会で、さっきまで婚約破棄であんなに盛り上がっていたはずですのに…。
興が覚めてしまった私は、また一つため息をつきながら、空のグラスをクルクルと回し始めました。
そして、『誰かこの場をまとめてくれるお方はいないのでしょうか?』と思っていたその時、
「お前たち。そこで静かにしおって、何をしておる」
という厳かな声と共に、会場の奥から国王陛下がいらっしゃいました。
突然の陛下登場に、男性陣は胸に手を当ててお辞儀をし、女性陣はカーテシーをします。
しかし、ただ一人だけ…。エリック殿下だけは、へべれけになったまま「あ〜!ちちうえだ〜」と手をおおきく振り、だらしのない顔を晒していました。
…ああ、これは困りましたね。ただでさえ身内とはいえ、この場は多くの貴族が集まっている公共の場です。
しかもここでは、陛下がお出ましになられましたら、挨拶をして敬うのがマナー。なのに、エリック殿下はちっともそれを致しません。
このままだと、陛下がお怒りに…。って、ええええええええ!?もう既に、陛下が顔を真っ赤にして、エリック殿下目掛けて早歩きで向かっております!
そして、何の躊躇いもなく、エリック殿下の左頬を右手で平手打ちしました!
会場の中に『バシィ!』という大きな音が響き渡ります。そこからしばらく沈黙が訪れましたが、次に聞こえてきたのは、陛下の凄まじい怒声でした。
「…こんの、バカ息子がっ!!何勝手に、ワシの許可なく酒を飲んでおる!つい先日も、酒を飲んで城内を暴れまくったが為に、しばらく飲酒禁止だとも言いつけておったであろう!?しかも、この場にいたワシの従者から聞いたが、貴様はここで婚約破棄を大々的に行なったうえ、ローレライ嬢を国外追放する気満々だったそうだな!?…はぁ、ほとほと呆れるわい…」
「…ち、父上…」
…あらら…。陛下のお怒りを買って、頬の痛みも相まったのか、エリック殿下の両目から涙が流れ始めました。
しかも、この会場も依然として静まり返ってますし、せっかくの賑やかな舞踏会が台無しですね。
さてさて、ここからどういたしましょうか。
私は軽くため息をつき、空のワイングラスを近くの給仕に渡してから、陛下の方にゆっくりと歩いていきます。そして、彼らの前でもう一度カーテシーをしながら、陛下にこう話しかけました。
「国王陛下。御前失礼いたします。ローレライ・アスナでございます。たった今、この場で発言をしてもよろしいでしょうか?」
「…ああ。噂を聞けば、ローレライ嬢か。…この度は災難であったな。発言を許す」
「はい。ありがたき幸せにございます、陛下。…ここは本来、『舞踏会』という賑やかな催しが行われている場にてございます。エリック殿下が全面的に悪いとはいえ、ここで叱り続けるのは、この場に相応しくないかと存じます。また、殿下の持っている二つの書類は、国王陛下のサイン以外全て記入済みでございます。私の両親も同意した上で記入を済ませておりますので、ご理解頂けると幸いです」
「な、なに!?」
陛下は私の発言に驚き、エリック殿下の左手に持ってる書類を引ったくり、その中身を確認しました。
「…なっ…。う、嘘であろう…?エリックのサインとローレライ嬢のサイン、そしてアスナ侯爵家のサインまで…」
「ええ。この2つの書類の記入欄は、残すところ国王陛下のサインのみとなっております。この場で廃棄しても構いませんが、あいにく私の父と母、そして次期アスナ侯爵である兄も出席しておりません。ですので、この場合は『アスナ侯爵家の同意なしでの廃棄』となり、我が侯爵家の不興を買う事になります。そうなった場合の損失は…計り知れないかと」
「ぐっ…」
私の放った言葉を即座に理解した陛下は、この2つの書類を睨みながら、ついに頭を抱え始めました。
それもそのはず、我がアスナ侯爵家は、言わばこの国になくてはならない存在なのです。
他のあらゆる国との貿易・商売に力を入れているため、莫大な富を持ち、手持ちの資金の半数を国に献上しているのも我が侯爵家な訳でして。
そのため、国王陛下はアスナ侯爵家を引き入れようと、幼少期の私とエリック殿下の婚約を決めたのです。
…まぁ、結局エリック殿下が婚約破棄をしてしまったが故に、この目論見が外れてしまいましたけどね。
「ですが、陛下。もしこの書類にサインして下されば、我が侯爵家はあと数十年はこの国に貢献する事を、父の代理として誓わせて頂きます。この国に背く事はこちらとしても本意ではございませんので」
「うぅん…。はぁ、仕方なし。なぜこのような事をしたのか、理由は全くわからんが、ここでローレライ嬢を引き留めて、アスナ侯爵家を敵に回すのは不本意ではない。ここは腹を括り、サインを」
「お、お待ちください王様っ!」
陛下と私が書類について話している最中、突然水を差すような甲高い声が会場内に響き渡りました。どうやら声の主は近くにいたマルタさんのようです。
彼女は目を潤ませながら、陛下にこう訴えかけてきました。
「王様っ!どうしてローレライ侯爵令嬢を国外追放にするんですかっ!?彼女は私を虐めて、暴漢にまで襲わせようとしたんですよっ!?そんな犯罪を犯す人は、処刑されるべきです!…わ、私…彼女がいると、夜も眠れませんっ!」
「……ほーう…?」
あわわわわ…。た、大変です!笑みを浮かべた陛下の額に、太い青筋が立ってます!
さっきまで『アスナ侯爵家を敵に回すな』的な雰囲気だったのに、この令嬢、完全に空気読めてませんよ!
しかも、エリック殿下も、涙を流しながら放心してますし!このままだと、舞踏会が終わってしまいます!
私はこの修羅場を、内心焦りながら見つめます。すると、陛下は大きなため息をついた後に「衛兵!こちらの礼儀のなっていない、愚かな男爵令嬢を捕らえよ!」と声を張り上げ、マルタさんの両腕が衛兵二人に捕まってしまいました。
「なっ!何すんのよ!私はただ、ローレライ侯爵令嬢を!」
「殺そうとした、で合っておるか?愚かな娘よ。もし本当にローレライ嬢が貴様を虐めていた場合、彼女につけた影がすぐにワシに報告しておる。そして今頃牢屋に入れられておっただろうが、今の彼女はこの場におる。そして、ローレライ嬢の影は、一度も貴様を見かけた事がない、と言っておった。すなわち、貴様は王族に虚偽の申し立てをしたことになる。この場合、牢屋に入れられるどころか、最悪死刑も免れぬぞ」
「は!?でもこれは…え、エリック様の仕業よ!エリック様がこう言えと!」
「…ふむ。仮にそうだとしても、身分の高いワシとローレライ嬢の話を遮った事、そして国王であるワシに敬う言葉を使わぬ事の方が不敬であるぞ。それを承知の上で、言っておるのか?」
「ひ、ひいぃ!」
マルタさんは、陛下のドスの利いた低音ボイスに、とうとう怯え出してしまいました。
こう見えても、陛下は一回マナーのミスをしても「構わん。次は失敗するでない」と優しい言葉をかけて下さりますが、何度もマナーを守らないマルタさんには無慈悲どころか虫ケラ扱いしてるのではないかと思われます。
こういう陛下って、本当に敵に回したくないものです。
「…さて。そろそろワシは帰るとしよう。ここで長居をして舞踏会を台無しにするのは、確かに本意ではないからな。ローレライ嬢、理由はどうであれ、愚息と婚約破棄をし、この貴族世界から抜けるのであろう?後ほどサインをしておくから、達者でな」
「っ!はい!国王陛下もお元気で」
「うむ。…衛兵!この愚かな男爵令嬢を一旦貴族牢へと連れていけ!そして、そこで突っ立っている愚息のエリックも別室へと連れて行け!禁止しておった公の場での婚約破棄の実施、そしてワシの言うことも聞かずに酒を飲んだ罪により、後ほどエリックには適切な処罰を与える事とする!以上!」
「そ、そんなっ!王様っ!私は悪くないわ!悪いのは全てローレライよ!なのになんで私が牢屋に行かなくちゃならないのよ!ちょっと衛兵、離して!離してええええええ!!」
「………」
衛兵に会場の奥へと連れて行かれそうになって、とうとうマルタさんがギャーギャーと喚き出しました。…全く、うるさいったらありゃしませんね。酔いも完全に覚めてしまいましたし。
対してエリック殿下はというと、涙は止まりましたが、叩かれた頬を手で押さえながら青白い顔をしております。何も話さないので、きっと『処罰を与える』という言葉に絶望したのでしょう。
そして、マルタさんとエリック殿下が衛兵と陛下と共に会場から消えたあと、少しの静寂が訪れましたが、すぐに舞踏会の音楽が流れ始めました。
…ふぅ。ようやく会場が賑やかになり始めましたね。これこそが舞踏会って感じです!
ですが…エリック殿下に婚約破棄をされ、貴族籍を抜ける事にもなってしまった私には、場違いな場所になってしまいました。
ここで即座に会場を出るのが最善ではありますが…やっぱり最後に、ここの赤ワインが飲みたいです!美味しかったですし!
私は、近くにいた給仕に「最後に赤ワインを下さる?」と話しかけ、ワイングラスに入った赤ワインを手に入れました。その時、給仕が微妙な顔を浮かべていましたが、まぁ気にしないでおきましょう。
とにかく、一気に赤ワインをグイッと飲み干し、空のグラスを給仕に戻してから、ゆっくりと舞踏会会場を後にしました。
あー、夜風が心地いいです。酔いもまた回ってきましたし、最後にいい思い出が出来てよかったです。
そして、あともう少しで城門に辿り着こうとした時、後ろから「おーい、ローラ!待ってくれぇ!」という男性の声が聞こえてきました。
私は振り向きもせず、その場で立ち止まります。すると、声の主はこちらに走り寄ってきて、私を後ろからギュッと抱きしめました。
「はぁ…はぁ…。ご、ごめん、ローラ!遅くなっちゃったっ…!はぁー、よかったぁ、間に合って!もう少しで見失う所だったよ!」
「…ふふっ。そんなに焦らなくても、城門にある馬車の前で待ってましたのに、殿下。…いえ、ここではエリック元第一王子殿下、と呼んだ方がいいかしら?」
嗅ぎ慣れた甘いシトラスの香りに包まれながら、私は笑顔で後ろを振り向き、先程会場で婚約破棄をしたエリック元殿下を見ます。そして、私の嬉しそうな笑顔を見たエリック元殿下は、顔を真っ赤に染めたあと、私の肩口に顔を埋めました。
「うああぁ…可愛い!ローラが可愛いっ!王籍を抜かれて平民になっても、俺のことを笑顔で迎えてくれるローラ!あー、めちゃくちゃ優しい!女神!好き!愛してる!あと敬語も『様』もいらないから、エリックって呼んでくれぇ!」
「はいはい。興奮しすぎておかしくなってるわよ、エリック。これも全て、愛しい貴方の為なのよ?だから、私が平民になるのも、貴方が平民になるのも、何ら抵抗はないわ」
「うぅ…。ローラ、好きだぁ…!平民になる手助けをしてくれて、ありがどう!」
あらあら…。陛下に頬を叩かれた時も泣いていましたが、ここでもまた感動して泣くとは…可愛い恋人ですこと。
私は、泣き虫なエリックの額に軽くキスをして、優しく微笑みました。
そう。もうお気付きかと思いますが、私が婚約破棄と貴族籍を抜く手続きをしたのは全て、平民になりたいエリックのためだったのです。
エリックは第一王子であったが故に、将来は王太子、ひいてはこの国の王になる存在でした。そして、彼の婚約者である私も、王太子妃、並びに王妃になる予定でもありました。
しかしエリックは、この国に蔓延る勢力争いを大層嫌っていました。
王妃の子であったエリックを擁護する派閥と、側室の子であった第二王子を擁護する派閥。この2つの勢力は絶えず衝突し続け、ついに先日、第二王子を擁護する派閥の貴族が暗殺されてしまったのです。しかも犯人はエリックを擁護する貴族の一人だったそうです。
この事にエリックは大層悲しみ、彼はその犯人を陛下に告発しようと考えました。けれど、その犯人は名の知れた侯爵家の嫡男で、表向きは優秀かつ慈悲深い人で有名だったため、この件で反発を食らう可能性もありました。
そのため、エリックは自ら過ちを犯して王籍を抜ける事で、彼を擁護する派閥の勢力を衰退させようと考えたのです。
もちろん、ただ単に国で禁止されている婚約破棄を行っただけでは、王籍を抜けることなど出来ません。厳重注意だけで終わってしまうでしょう。
なので、最近エリックに熱を上げていた脳内お花畑のマルタさんと仮の恋人になる事で、浮気をでっち上げ、『エリック殿下は最低な王子だ』という噂を作り上げたのです。
…まぁ、エリック自体は毎回『マルタ嬢気持ち悪いぃ!見え透いた嘘を言っても、バレてないのが幸いだけども!それよりも、ローラとイチャイチャチュッチュして、首筋ペロペロしたいぃ!』って言いながら、こっそり私の所に来ては、ベソベソ泣いてましたけどね。
本当に、つくづく変態…いえ、可愛い人です。
ちなみに、婚約破棄の理由付けを考えたのはマルタさんです。エリックが『ローレライ嬢と婚約破棄するにはどうしたらいい?』って訊いたら、ベラベラと嘘を並べ立てて提案してくれたそうで、この理由付けは陛下にも報告済みです。
そして、私が貴族籍を抜けるという件は、実はエリックの提案だったりします。なんでも『平民になるなら、ローラも平民になってぇ!』って泣きついてきたのが事の発端でして、エリック大好きな私はこれを了承し、両親も説得して、この時を迎えたのです。
父も母も、私が平民になる事を不安がっていたのに、エリックが『この時のために、執事長や侍従に頼んで、家事が出来るようになった。ローラに負担をかけさせない!』なんて宣言した事で、手のひらをすぐに返したのには驚きました。
なにせエリックは、性格を除けば完璧な人間でしたから。…泣き虫で、あまり嘘をつけない性格で、私に対してのみ甘えん坊の変態さんになるのを除いて、ではありますが。
ここだけの話、公の場で嘘をつくためだけに一緒にお酒を飲みまくって、その場のノリで婚約破棄を決行するという事も、エリックの提案ですしね。
とにかく、今回の舞踏会で『婚約破棄』という茶番を終え、私とエリックは無事に平民になる事が出来ました。
平民の生活は、一人で身の回りの事をしないといけないので、大変な事だらけです。けれど、大好きなエリックと一緒に、新たな地で新しい生活が送れるとなると、もう期待しかありません!
「…ズズッ…。ロ、ローラぁ…。もし隣国で俺たちの住む家が決まったら、すぐに結婚式あげよ?…早く平民としてローラと夫婦になりたい!」
「ふふっ。そんなの、もちろん嬉しいわ!でも、いい加減涙を引っ込めて頂戴。せっかくのカッコいい顔が台無しよ?」
「…うん。俺、泣き止むから!…こんな泣き虫な俺だけど、これからよろしくね、未来の奥さん」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします、未来の旦那様」
こうして私とエリックは、城門前で待っていた古ぼけた馬車に乗り、この国と同盟を結んでいる隣国へと旅立ったのでした。
※※※
あれから一年後。私はエリックと共に、自然溢れる広大な土地で、果樹園の経営を始めました。
そして、作成しているのは全てぶどうばかりなのですが…多分勘がいい人は、私達が何をしているのかが分かるはずです。
そう!私達が作っているのは、赤ワインと白ワインなのです!
あの舞踏会での婚約破棄の日に、なんとエリックは白ワインの美味しさに感動したようで、隣国に着いてすぐにワイナリーを訪ねては頭を下げ、今もなおぶどうの育て方を学んでいるのです。
もちろん私も、エリックの妻として、家の家事とぶどう栽培のお手伝いをしつつ、精一杯頑張っております。
そして今日、やっとの事で出来上がった赤ワインを祖国に送った所、その国の第二王子殿下からお礼の手紙と近況が届いたのです。
なので、私達は家の中にある長いソファに隣同士で座り、その手紙を読んでみることにしました。
すると、なんという事でしょう!そこには、第二王子殿下が婚約者を見つけて、王太子になられた旨が綴られていたのです!
「俺の弟は天才って訳じゃないけど、努力家で真っ直ぐで根っこは優しい奴だからね。怒りを買わなければ、いい国王になるさ。…多分」
「多分なのね…。そこは彼の婚約者がなんとかしてくれると思うわ。…多分」
「ふはっ!『多分』って、もうそれしか言ってないよね、俺達」
私達は自分の言った事に笑いながら、王太子殿下の手紙の続きを読みました。
そういえば、エリックを擁護していた貴族達はどうなったのか、気になっていたんですよね。
けれど、手紙に書いてある事によれば、どうやらあの婚約破棄をした舞踏会に呼ばれなかったために、エリックが平民になった事を全員知らなかったのだそうです。
そして、この件でエリックを王籍に戻すよう訴える動きもあったそうですが、勢力争いでの暗殺事件が国王にバレた事でお叱りを受け、結果的にエリック派の勢力が衰えたのだそうです。
「…なんか、手紙に『父上に暗殺事件の事をこっそり告発して、反発を起こされないように念入りに準備してから、事件の犯人を徹底的に抹殺したからね!兄上の手を煩わせてないよ!』と書かれてあるんだけど、きっと犯人の悪い噂を流してから処刑したんだろうなぁ…」
「あー…そうかもしれないわね。…エリックは嘘があまりつけない性格だから、多分こういう事は出来なさそうよね」
「うん。本当に、弟には感謝してもしきれないよ。…でも、つくづく敵には回したくないよなぁ…。この文面を見る限り」
「ふふっ。そうね、エリック」
エリックの言った事に笑って同意をしつつ、私は王太子殿下の手紙の続きを読み進めました。
どうやら最後に書かれていたのは、マルタさんのことのようで、彼女はまだ貴族牢に閉じ込められているんだそうです。
なんでも、貴族牢に入れられたマルタさんは、豪華な部屋と王宮御用達のドレス、そして高級料理の賄いを与えられて、最初は上機嫌だったらしいのです。
しかし、これ以上買い与えられるものは一切なく、外にも出られない生活に1週間で耐えられなくなったため、マルタさんは王太子殿下に媚びながら『外に出たい』と懇願したのだそうです。
「へー。でも、弟はその願いを悉く却下して、汚い牢屋で一生を過ごすか、貴族牢で一生を過ごすか、処刑されるか、の三つを選ばせたんだって。それで今もまだ貴族牢にいるって事は、やっぱりこの男爵令嬢さんは一番マシな方を選んだって事なんだね」
「…ふーん…。でも、買い与えられるものがないという事は、実はすっごく精神的に来るものなのよ?貴族牢にいてもなお、段々と建物もドレスも家具も古くなっていく一方だから、きっと後々になって何かしらボロが出てくるはずよ。そうなった時、いったいマルタさんはどんな反応を見せてくれるのかしら。…ふふふっ」
「ローラ?なんか闇の顔になってるよ?でも、そんなローラも可愛くて大好きだっ!」
「わっ!?」
どうやら、彼の心のトキメキスイッチを押してしまったのでしょう。パタンと手紙を閉じたエリックが、突然ギュッと抱きついてきました。
しかし、その反動でよろけて、私がソファに倒れそうになっているのに気付き、エリックは咄嗟に私の背中を支えながら顔を青ざめさせました。
「うわっ、ごめん!…せっかくローラのお腹に赤ちゃんがいるのに、はしゃいじゃって…。だ、大丈夫?ローラも、赤ちゃんも…」
「あ…ええ、大丈夫よ。まだ妊娠して2ヶ月だもの。激しい運動はせず、安静にしてれば大丈夫よ」
「そ、そっか…。ごめん、ローラぁ…」
…あーあ。またエリックったら泣き出しちゃって、泣き虫旦那様は今も健在ですね。
私はエリックの頭を優しく撫でてから、こう口を開きました。
「…もう。もうすぐパパになるんだから、泣かないで頂戴。あと、貴方の初めて作ったワインも飲めなくてごめんなさい」
「え…?いやいや、そんなの気にしなくていいって!ワインは熟成させればより濃厚になるんだから、ローラと一緒に飲む分は大事にとっておくよ。だから、子供が生まれたら、また一緒にワインを飲もう!」
「ええ!約束よ、エリック。でも、絶対に嘔吐するまで飲まないで頂戴ね。あの婚約破棄の日は、なんとか耐えていたようだったから、大惨事にはならなかったけど、もしその場で吐いてたら、せっかくの茶番劇を台無しにする所だったのよ?」
「うぅ…ごめん。これからは気をつけるよ。…多分」
どうやら、浴びるほどワインを飲もうと画策していたのがバレてしまった事に気付いたのでしょう。エリックは目を泳がせて、しどろもどろに返事をしました。
けれどきっと、エリックはとっても優しいので、私が飲めるようになるまで禁酒してくれるかもしれませんね。
私は顔を上げて、可愛くて愛しいエリックの唇に自分のそれを重ねます。そして、ソファの上で、私達は何度も深いキスを交わしました。
もしも、私とエリックの子供が「なんでワインを作ったの?」って聞いてきたら、きっと私はこう言うでしょう。
「パパとママが王子様とお姫様だった頃に、助けてくれた飲み物だったからよ」と。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
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