5♡夢でなければ〈上〉
ニコレッタの館の表が騒がしかった。
けれど、部屋にいたニコレッタは見に行くどころかシーツを被った。
「どうせまた、伯父様と頓馬よ。ああ、もう嫌!」
事情がわからずに困惑するヴェルディアナに、ミリアムが素早く教えてくれた。
「お嬢様にはサー・フラヴィオ・バルベーリ様と仰る伯父上様がいらっしゃいます。サー・フラヴィオは、ロマーノ・チェステというご友人をお嬢様の夫にとお考えで、度々連れていらっしゃいますが、その、あまりお嬢様に相応しいお相手とは思えません。お嬢様も嫌がっておいでです」
大公の他にも求婚者がいたらしい。
実際のところ、ニコレッタは亡くなった兄が大好きだったのだ。肖像画を見せてもらったが、ニコレッタの兄らしく、本当に綺麗な顔立ちに優しい目をした男性だった。他の男がやってきたところでなんの慰めにもならない。
その気持ちはヴェルディアナには痛いほどよくわかった。
ヴェルディアナは、その伯父が連れてきた男をひと目見ようと思った。ニコレッタがこれほど嫌がるのだから、間を取り持とうなどというつもりはないが、どんな男性なのだか見てみたい気がしたのだ。怖いもの見たさとでも言うべきか。
もう一人の求婚者である大公は簡単には会えないだろう。
部屋を出たミリアムについて、ヴェルディアナも外へ出た。窓から下を眺めると、馬に乗った二人と、その他にも何人かいるように見えた。そのまま階段を下りると、騒がしさが館の中にまで響いた。
男性にしては甲高い声で相手を罵倒している。どうやら喧嘩になったらしい。
乱闘は怖いが、少しだけ覗いてみよう。
――この乱闘は、ニコレッタの伯父と彼女が言うところの頓馬、それから館の外から来た使者とによるものらしい。
立場や世間体もあるだろうに、そんな簡単に喧嘩になるなんてどういうことだろうか。ヴェルディアナには理解できないところである。
馬で追い回しているところを見ると、喧嘩を吹っかけたのはフラヴィオとロマーノの方だろう。確かに、ロマーノはニコレッタの兄ほど煌めいていない。ニコレッタが嫌がる程度には脂下がっている。
そして、追い回されている方は三人。二人は体格のよさから見て兵士だろうと思えた。
その中に一人だけ、少年のように華奢で優美な姿がある。その人物が近づいてきた時、ニコレッタの館の使用人たちが騒いだ。
「ああ! クラウディオ様があんなところに! なんだって巻き込まれちまったんだ?」
「あの御方はお嬢様のお気に入りだ。助けねぇとまずくないか」
使用人たちは後ろを一度も振り向いていなかった。振り向いたら、そこにクラウディオと名乗っている娘が立っていることに気づいただろうに。
ヴェルディアナは疚しいこともないが、とっさに木の陰に隠れてしまった。そこから様子を窺う。
あれは間違いなく、兄の、本物のクラウディオだ。
鏡写しのようにヴェルディアナにそっくりな人物など他にいない。
――生きていた。助かっていた。
それを目の当たりにし、ヴェルディアナは込み上げる熱いものを噛み締めていた。
あの嵐の中、二人して生き延びることができた奇跡。その場で手を組んで神に感謝していた。
その時、木の陰に人が飛び込んできてぶつかった。目を閉じて祈っていたものだから、まったくの無防備で突き飛ばされた形になってしまった。
倒れた拍子に近くの岩で頭を打ったのだと、どこかでわかってはいるのだが、意識が遠のくのは止められなかった。




