4♣大公の求愛〈下〉
そんなわけで、クラウディオはニコレッタの館へ赴くことになったのだが、道連れにしたのはパオロとベニートの二人だ。
あれからは打ち解けて仲良くしている。クラウディオの剣の腕を認めてくれてのことだ。
「ニコレッタ様の館までは遠いのか?」
「いや、そうでもない。半刻も歩けば着く」
パオロが言うには近いらしい。
クラウディオは馬には乗れるが、ここの兵は馬など与えられていない。徒歩あるのみだ。
「それはよかった。じゃあ、行こうか」
クラウディオは歩きながら、まずニコレッタに何を言えばいいのかを考えた。
とりあえず、エルヴィーノの人柄を褒めるべきだろう。とりあえず再び顔を合わせてくれるところまで持っていかないと、まとまる話もまとまらない。
ニコレッタに恋焦がれすぎてやつれてきたということにしておこうかな、と適当なことを思う。
本気の恋煩いならばもう少し身を入れて力になりたいが、駄目だったらそれでいいか、くらいの感覚になってしまうのはエルヴィーノのせいだ。彼は、悪気はまったくないが、〈恋〉というものを本気で理解しているとは言い難い。
クラウディオも燃えるような恋をしてきたとは言えないが、少なくとも、自分自身よりも大事だと思える女はいた。妹だけれど。
恋とは違うとしても、人を愛しく思い、尊重してきた。
だから、エルヴィーノの言う恋心がとても図々しく感じるのも事実である。
「ああ、あれだ。気を引き締めていかないと門前払いだからな」
ベニートが指さした白亜の館。女主に相応しい優美な住まいだ。
――しかし、その手前にはよくわからない男たちがいた。
二人の男は馬に乗っていて、身分は高そうだ。一人は中年でピンと跳ねた口髭と角度のある眉毛が印象的だった。
もう一人は三十歳くらいか。頭が悪そうな顔をしていた。
いきなり失礼だが、正直な感想である。口がだらしなく開いているからそう思うのかもしれない。
二人は馬に乗りながら喋っている。どうやら行き先は同じだ。
「どうしよう、緊張してきたよ、フラヴィオ。ニコレッタはうんと言ってくれるかな?」
「ああ、もちろんだとも、ロマーノ。ワシの姪は素直ではないだけで、本当はお前に惚れている。その証拠に、大公の求婚さえ受けつけていないではないか」
「そうだね、そうだったね!」
ここにもニコレッタに恋する男がいた。
しかし、さすがにこれはない。これならエルヴィーノが大差で勝っている。
どうやら一緒にいる中年はニコレッタの伯父――もしくは叔父のようだが、一癖も二癖もありそうだ。何か企んでいるのだろう。
わかりやすいところで考えると、ニコレッタの地位を狙っているのではないか。この男に嫁がせて、爵位を譲渡してもらおうというところだろうか。この国でそれが可能なのかはわからないけれど。
パオロとベニートを見遣ると、二人とも嫌な顔をしていた。フラヴィオとロマーノとやらはこの辺りでも鼻つまみなのかもしれない。
フラヴィオとロマーノは、館の門の前でクラウディオたちに気がついた。
「な、なんだお前たちは!」
ロマーノが馬上から口角泡を飛ばす。
クラウディオは頭を掻きながら答えた。
「大公エルヴィーノ様の使いですよ。でも、まあ、用事はあなたがたと多分同じですからお先にどうぞ。順番を待ちます」
どうせすぐに追い払われるだろうから、そんなに待たなくてもいい。
そう考えたのが透けて見えたのか、そこまで考える前になんとなく怒ったのかはしらないが、とにかくロマーノは怒った。
「使いっ走りのくせに偉そうだな!」
「そんなつもりはありませんでしたが、困りましたね」
ちっとも困っていない顔をして言ったから、余計に怒られた。
「生意気なヤツめ! そこへ直れ!」
「えーと……」
相手をしていられない。
したくはないのだが、フラヴィオとロマーノは馬に乗ったままクラウディオたちを追い回し始めた。
「わっ! ちょっと!」
「うるさいうるさい!」
パオロとベニートも、相手が馬鹿であろうとニコレッタの伯父では剣も抜けない。なんとか受け流そうと駆け回り始めた。
クラウディオも、どうしてこんなことになったのやら、とぼやきながら駆け回るのだった。当然のことながら門前で繰り広げられている騒ぎに、ニコレッタの館からも人が出てきた。
走り回りながら、クラウディオは表に出てきた人々の中に自分によく似た顔を見た。
白昼夢かと思うほど、あり得ない。
けれど、両目を見開いたあの顔は――。