17♥終わってみると
それにしても――とエルヴィーノは切り出した。
「全部終わってみると、とんだ笑い話だな」
ここはニコレッタの館で、四人は豪奢な机を挟んで寛いでいる。
昨晩は色々なことがありすぎた。クラウディオとエルヴィーノもニコレッタの館に泊まり、こうして昼過ぎに四人で話しているのだ。
「本当にすみません……」
ヴェルディアナは申し訳なくて小さくなった。
もともと、クラウディオになりきろうとヴェルディアナが男装などしなければよかったのだ。
ちなみに今はニコレッタの計らいでドレスを着ている。
ヴェルディアナの濃い色の髪に合う赤いドレスだ。それに対し、ニコレッタは淡い髪によく似合った白である。
クラウディオが生きていてくれなかったら、二度とドレスに袖を通すつもりはなかった。こうしていること自体が奇跡だ。
そして、そんなヴェルディアナに甘い視線を送ってくるエルヴィーノの存在も、ヴェルディアナには信じがたいことである。
こんなに立派な方に男装していて見初められるとは思いもしなかった。
「まさか男女でこんなにそっくりな兄妹がいるなんて考えないもの」
そう言って、ニコレッタもコロコロと笑う。それを眺めるクラウディオの目が優しい。
「僕が船旅に連れ出したせいでディアを亡くしたとばかり思っていた。ディアが生きていてくれただけでも嬉しいのに、まさか流れ着いたこの国で運命の人と巡り合うなんて、人生は不思議だな」
エルヴィーノは、うんうんとうなずいた。そして、切り出す。
「クラウディオの運命には、双子のヴェルディアナも引きずられるようになっているのだろう。だから、クラウディオの運命がこの国にあるのなら、ヴェルディアナの運命もまたこの国にあるはずだ」
それを言うと、クラウディオは朗らかに笑った。
「それはつまり、だからディアをくれと言いたいんですね?」
「そういうことだな」
あっさりとエルヴィーノが認めるから、ヴェルディアナの方がどうしていいのかわからずに赤面した。ドレスと同じくらい顔も赤い。
クラウディオはヴェルディアナに顔を向けた。
「エルヴィーノ様はこう仰っているが、決めるのはディア、お前自身だ。何せ住む国を変えるというのは大変なことだから、後悔をしてほしくない。お前が故郷を捨てられるほどエルヴィーノ様を特別に想えるのなら、選ぶといい」
クラウディオはニコレッタのそばにいると決めたのだ。ヴェルディアナだけが国に帰り、父が決めた相手と政略結婚するよりも、エルヴィーノの妻になる方がヴェルディアナも幸せだと思える。
エルヴィーノは真剣にヴェルディアナの返事を待っていた。断られる心配をしているのだろうか。
「ええ、この国は素晴らしいところだと思います。多分、これからも私はエルヴィーノ様以上の御方に巡り合うことはないでしょう。こんな私を望んでくださるのでしたら、お受けしたいです」
これを言った途端、エルヴィーノの目がわかりやすく輝いたので、ヴェルディアナは眩しくて直視できなかった。
クラウディオとニコレッタの笑い声が聞こえる。
「では、クラウディオは私の義兄ということになるな」
「ディアはわたくしの義妹ね」
なんとも不思議な縁だが、この絆は生涯続いていく。
「クラウディオ、君ならばニコレッタを支えながらこのルアルディ領をよりよく治めてくれるだろう。期待している」
「ありがとうございます、エルヴィーノ様」
見つめ合うクラウディオとニコレッタを見ていると、ヴェルディアナも嬉しくなった。
以前は、もしクラウディオが結婚したら、妻となった女性と仲良くなれる気がしなかった。大好きな兄を取られたと感じ、切なくて拗ねる。その将来をずっと心配していたのだが、いざとなると驚くほど平気だった。
それというのも、ヴェルディアナにとってもニコレッタは友人であるから。
そして、寂しいと思う暇もないほどの距離で愛をささやいてくるエルヴィーノがいるからだ。
「そういえば、サー・フラヴィオはなんと言うかな?」
思い出したようにエルヴィーノが言った。確か、彼女の伯父だ。ちょっと面倒な人だった気がする。
しかし、ニコレッタは可愛らしく小首を傾げていた。
「それが、おかしな手紙が届いたのです。よくわかりませんが、ロマーノ殿と旅に出たみたいですわ」
「旅に? どこまで?」
クラウディオが訊ねても、ニコレッタは苦笑していた。
「手紙には〈ホーライ〉と書いてあったわ。それってどこなのかしら?」
「何かで読んだような気もしますけど、確かとても遠いところだったような?」
ヴェルディアナはその書物がなんだったかを思い出そうとしたが出てこなかった。
「何かの冗談だろう。まあ、行き先が決まっていない旅だということではないか?」
と、エルヴィーノが締めた。
「それなら当分は戻ってこないわけだ」
クラウディオは嬉しそうに言った。
彼らが戻ってきた頃には二人の結婚式は終わっていて、もしかするとニコレッタのおなかが大きいか、もしくは腕に可愛い赤ん坊を抱いているかもしれない。それから何を騒いだところで無駄である。
「まず、国の両親に手紙を書こう。僕とディアが無事だということ。それから、二人して生涯の伴侶を見つけたこと」
両親と長兄はなんと言うだろうか。異国の地に骨を埋めようとしている子供たちに失望するだろうか。
それとも、二人が自ら選び取った幸せを祝福してくれるだろうか。
できることならばそうであってほしい。勝手な願いだとしても。
――こうして、十二の夜を越えた四人のおかしな関係は、理想的な結末を迎える。
これも天の配剤ということだろうか。
【 La fine ―了― 】
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