14♣迎えに
どこを捜してもヴェルディアナがいない。
クラウディオは内心ではかなり焦っていた。
――ここは足よりも頭を使おう。
妹の性格を誰よりも知っているのは自分なのだから。
ヴェルディアナは何事もなければ自分から出ていったりしなかっただろう。人が来たせいで驚いて飛び出したとする。
クラウディオはまだ来ないなら、どこかに潜まなくてはならない。
エルヴィーノのいるところへ来るとは思えないから、ヴェルディアナは反対方向へ行ったとして、そうすると館の門が近い。
誰に出くわすかもわからない以上、館の外で待った方が安全かと考えたかもしれない。
クラウディオはそれに思い至ると、館の外へ出た。そして、周囲をウロウロしてみる。
そして、そこで道に刻まれた文字を見た。
〈V→N〉と。
〈N〉は間違いなくニコレッタだ。ヴェルディアナはニコレッタのところで待つと。
一人でいるのが怖くなったのだろう。その判断は間違っていないとは思う。
ニコレッタのところならば安心だ。迎えに行こう。
しかし、その前にエルヴィーノにはちゃんと断ってから出かけることにした。
「すみません、エルヴィーノ様。会わせたかった者はどうやらニコレッタ様のところに向かったらしくて、これから迎えに行って参ります。しばしお待ち頂けますか?」
それを言うと、エルヴィーノは怪訝そうな顔をした。
「その会わせたい者というのは、そもそも誰なのだ? それだけでも話してくれぬか?」
ここまで来たら、もういいだろう。クラウディオは正直に言った。
「はい、僕の妹です。あの嵐に遭って死んだとばかり思っていたのですが、生きてニコレッタ様の保護を受けておりました」
すると、エルヴィーノは急に椅子を倒して立ち上がった。その勢いにクラウディオの方が驚く。
「い、妹? 妹がいるのか!?」
「は、はい。ヴェルディアナといって、僕とそっくりな妹で。先に僕が話をしてからエルヴィーノ様に引き合わせようと思っていたのですが……」
ニコレッタの話をする時でさえここまで食いつかなかったのに、急にエルヴィーノの様子が変わったことにクラウディオは戸惑った。
「ニコレッタのところだな? 私も行こう」
「えっ」
「行こう」
駄目押しに言われた。
来るらしい。
あまりニコレッタと顔を合わせてほしくないのだが、来るなとは言えない。
むしろエルヴィーノの方がクラウディオよりも先になって足早に向かい出す。
「クラウディオ、馬に乗れるか?」
「はい」
「それなら馬を走らせよう。そうしたらすぐだ」
エルヴィーノと二人、騎乗してニコレッタのもとへ急いだ。大公だというのにエルヴィーノはいつでも身軽だ。
ただ、さっきから表情が硬い。
「……クラウディオ、その妹御のことなのだが」
「はい?」
「いや、やめておこう。まずは会わねば」
エルヴィーノはそう言って馬の腹を蹴って急かした。クラウディオが追いつくのがやっとというくらいに飛ばしている。
クラウディオは舌を噛まないために黙るしかなかった。
そして、館に辿り着くと、門番たちは愕然として槍を放り出してエルヴィーノに土下座したのであった。
「も、申し訳ございません、大公様! 私共は何も――」
エルヴィーノとクラウディオは顔を見合わせた。この門番たちは何を怯えているのだろう。
「顔を上げろ。何を詫びているのだ?」
その声には怒りよりも疑問が色濃く、門番たちは恐る恐る顔を上げた。しかし、クラウディオの顔を見るなりさらに怯えた。
先ほどヴェルディアナが中に入ったはずなのだ。外にいるはずはないと驚いているのだと思った。
余計なことは言わずにいると、門番の一人がボソボソと言った。
「あ、あの、どうやって牢から出たのですか?」
「は? 牢?」
「ろ、牢から抜け出して大公様に知らせに走ったのでしょう?」
門番たちの言う意味がわからなかった。それなのに、嫌な予感だけがする。
「もう少しわかるように言え」
大らかなエルヴィーノにしては苛立った声を上げたから、門番たちは飛び上らんばかりだった。
「エ、エヴァルド様が、クラウディオ様は大公様がお嬢様を懐柔するために送り込んだ間者だと言ったのです。お嬢様もそう信じたご様子でした」
「私には身に覚えもないことだがな。私の手の者ならば尚更、何故に投獄した?」
「い、いえ、その、エヴァルド様が懲らしめる意味だと仰って。後で出すから心配するなと。けれど、クラウディオ様はお怒りで、牢を抜け出して大公様をお呼びになったのでしょう?」
門番たちはそう思い込んだらしい。しかし、違う。
あらぬ容疑をかけられたヴェルディアナは、未だに牢の中にいるのだろう。
「そんなものは言いがかりだ。すぐさま牢を開け」
クラウディオが凄むと、門番たちは焦った。
「は、はい。でも、今さら開いたところで誰もいないのでは……?」
そこにはヴェルディアナがいる。牢の中で怯えているはずなのだ。早く助けてやらなくては。
そして、エヴァルドの言い分を信じたというニコレッタにも釈明しなくてはならない。
「クラウディオ、私もついている。大丈夫だ」
エルヴィーノが心強い声をかけてくれた。いてくれてよかったと今は思える。
双子の長兄よりも年は若いのだが、こうしていると身内のように感じられた。
「ありがとうございます。では――」
屋敷の中へ踏み入ると、やはりクラウディオを見て皆がぎょっと仰け反った。そして、さらにその後ろにいるエルヴィーノに気がついてひれ伏した。
「牢はどこにある?」
エルヴィーノが低く押し殺した声で問うと、近くにいた女が震えながら教えてくれた。
「ち、地下でございます」
二人は顔を見合わせ、近くにあったカンテラを手にした。地下ならばすでに薄暗いだろう。
しかし、この時、クラウディオの耳にニコレッタの声が聞こえた。
ハッとして顔を上げたが、エルヴィーノには聞こえていないふうだった。
「どうした、クラウディオ?」
「今、ニコレッタ様の悲鳴が聞こえませんでしたか?」
「悲鳴? いや……」
ニコレッタの部屋は最上階だ。ここまで聞こえるとは思えない。空耳だろうか。
そうは思うのに、ニコレッタが悲鳴を上げるような何かが起こっているのではないかという気がしてきた。ヴェルディアナを助けに向かわなくてはならないのに。
牢のヴェルディアナを解放してからニコレッタのところに向かって間に合うだろうか。
考えてみるが、どうしてもそれではいけないような胸騒ぎがする。だからといって、どちらも選べずにここで立ち尽くしているのが一番いけない。
愕然としているクラウディオの肩を叩き、エルヴィーノが言った。
「地下へは私が向かう。クラウディオはニコレッタの様子を見てきてくれ」
「し、しかし……」
ヴェルディアナは大事な妹だ。それも、半身と呼べる存在で。
どんなにか心細い思いをしているだろうに、クラウディオが駆けつけなくていいものなのか。
それでも、エルヴィーノは言った。
「私はお前の言葉をすべて信じてここへ来た。お前の心が私に語った通りなら、ニコレッタを優先しない理由があるだろうか。難しく考えずに行くといい」
「ありがとうございます、エルヴィーノ様!」
難しく考えて固まってしまっては駄目なのだ。エルヴィーノの言葉はありがたかった。
あれが空耳であればいいのだ。そうであれば、何も問題はない――。
クラウディオは階段を駆け上がった。




