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12◆客人の正体〈下〉

 ――というわけで、エヴァルドの(はらわた)は煮えくり返って焦げつく寸前であった。

 何もかもが上手くいかないせいである。


 エヴァルドはニコレッタの父の代からロヴェーレ伯爵家に仕えている。その伯爵が亡くなり、長男が跡を継いだ。

 長男はスカした優男で、こんなのが主だなんて耐えられないと思っていたら、すぐに病気になってそのままだった。


 そこで最後に残されたのがニコレッタだ。年若く、大変な美少女の。

 ニコレッタは幼い頃から兄の嫁になると言い張っていたアタマの弱い娘である。地位と財産を背負って、美しい上に馬鹿だなんて、理想的だった。


 エヴァルドは兄の死に嘆くニコレッタを慰め、つけ入るつもりだった。そうしたら、自分は伯爵だ。

 馬鹿なニコレッタはコロリと落ちると思っていた。


 ニコレッタの母方の伯父であるサー・フラヴィオもニコレッタの地位と財産を狙っており、自分の息のかかった男と結婚させようと画策していたが、さすがにあれは上手くいくはずがない。連れてきた男がニコレッタ以上の馬鹿だったのだ。


 フラヴィオに関しては心配要らないなと感じた。むしろ、自分がニコレッタの夫になったら見下してやれると、その日を楽しみにしていた。


 しかし、ここで厄介なのが大公エルヴィーノである。彼もまたニコレッタに目をつけた。

 さすがに敵に回すとマズイ。幸い、ニコレッタには彼の求愛に応えるつもりはまったくなく、すげない返事をするばかりだった。

 この調子で、大公が面倒くさくなって諦めるのを待てばいいだろうか。


 ただし、またしてもややこしい事態が起こったのは最大の誤算だった。

 嵐に遭って流されてきたヴェルディアナという娘に、ニコレッタは異常なまでの執着を見せた。男装し、兄の名であるクラウディオと名乗る酔狂な娘だ。


 最初は、ニコレッタが初めてできた友達に浮かれているとしか思っていなかった。

 それにしても、ちょっと姿が見えないだけで大騒ぎして捜し始める。聞けば、夜まで呼びつけて一緒に眠っているとか。


 ヴェルディアナ――クラウディオは、女にしては上背があり、小顔ですらりと手足が長い。男装した姿はまさに初々しい美少年で、ニコレッタが気に入るのもわからなくはないのだが、それでも女だ。


 いや、女だからいいのだろう。

 ニコレッタは男嫌いだから、男だったら放り出していたに違いない。


 男装したところで女々しい性質までは変わらなかったはずが、日増しにクラウディオは変わっていった。頼りなげだった視線はさまよわなくなり、背筋を伸ばして堂々と歩く。はっきりと聞き取りやすい、凛とした声音で物を言う。あまつさえ剣を握って振るい出した。


 あの変化は薄気味悪かった。彼女の兄の亡霊が憑りついたとしか思えない。

 それなのに、ニコレッタは変わらずクラウディオを慕うのだ。変わらずどころか、ますます。


 このエヴァルドよりも。

 気に入らない。どうしようもなく気に入らない。


「……どうにかしてあいつを陥れないと」


 親指の爪を噛みきり、エヴァルドは吐き捨てた。




 エヴァルドが丘から下りてくると、遠くにとぼとぼと一人で歩いている人物が見えた。

 それから、案外近くに馬鹿の二人組がいた。


「エヴァルドじゃないか。ほら、お前の主の伯父上様だぞ。道を譲らないか」

「これは失礼致しました」


 こういう物言いをするから、こいつらは馬鹿が隠せないのだ。

 エヴァルドは恭しく脇に逸れた。主に似た間抜け面の馬に乗った二人は、頭を上げたエヴァルドの視線の先を探り当てる。


 とぼとぼと歩いている細い人影。やはりクラウディオはどこかに出かけていたらしい。

 四六時中あの馬鹿娘につけ回されていたら抜け出したくもなるかもしれないが。


 フラヴィオとロマーノは、遠くに見えるクラウディオを見て嫌な顔をした。


「あいつ、また来たな」

「本当だ。大公もしつこいなぁ。ニコレッタはこのロマーノと結婚するって決まっているのに」


 ――何言ってやがる、このノロマ。

 顔には出さずに心でつぶやく。

 それにしても、この二人は一体何を言っているのだろう。


「また来たとはどういうことでしょう?」


 すると、フラヴィオが顔をしかめた。


「あれは、大公エルヴィーノの使者だ」

「は?」


 思わず素の声を上げてしまった。しかし、フラヴィオは構わずに続ける。


「ニコレッタに相手にされないものだから、大公はあの手この手を使って気を引こうとしている。あの使者は大方、吟遊詩人か何かだろう。なよなよとした顔と声で愛を歌って聞かせるつもりだったんだろうが、前に来た時は我らが追い払ったのだ」


 そういえば、前に館の前でこの二人が騒いでいたことがあった。馬鹿だから気にしていなかったが、あれがそうか。


 多分、人違いだろう。クラウディオがエルヴィーノの使者であるわけがない。ずっとニコレッタのところにいたのだから。

 この二人は馬鹿だから人の顔を覚えられず、見間違うのだ。


 ――しかし、それはそれで使えるかもしれない。

 エヴァルドは悪いことを考えた。


「お知らせ頂き、ありがとうござます。危うく、私もお嬢様も騙されるところでした」


 ほっとしたような表情を浮かべ、胸元を摩ってみせた。二人は首をかしげている。


「騙されるとは?」

「ええ、あの者はすでにお嬢様に取り入り、友人として信用を勝ち得ております。そろそろ大公を褒めそやし、お嬢様をその気にさせようとする頃だったのでしょう。すべてはあの者に仕組まれていたのです。騙されているとは知らず、お嬢様は今に大公を愛しい人だと勘違いなさるところでした」


 二人はぎょっとしていた。仰け反りすぎて馬から転がり落ちたら、思わず笑ってしまうところだった。危ない。


「可哀想な姪よ。すぐにでもあの者を追い払わねば!」


 フラヴィオがいきり立つので、エヴァルドはそれを宥めた。


「表立って邪魔をすると大公の怒りに触れます。ここは慎重に事を進めねばなりません」

「何かいい案があるのか、エヴァルド?」

「ええ。まずはお嬢様があの者を見限るように私が箴言しましょう。お嬢様は私を誰よりも信頼しておいでですから、私があの者が怪しいとさえ言えば距離を置かれます。どうかここは私にお任せください」


 すると、二人は顔を見合わせていた。

 ロマーノは馬鹿だし、フラヴィオも馬鹿だが、フラヴィオの方が長く生きているので若干マシである。

 少々疑いの眼差しをエヴァルドに向けてきた。


「それで、ニコレッタが大公の罠から逃れられたとして? このロマーノを選ばんことには、このルアルディ領はおしまいだ。何せニコレッタは領地に興味がない。あれでは宝の持ち腐れだからな」


 そして、フラヴィオは仲良しのロマーノを使って介入し、自分の利を貪るための土台を拵えるのだ。領民は搾取されたものがこの馬鹿どもを潤すために使われるなどと知ったらマトモに働かなくなるのではないか。

 ロマーノを選んでも終わりだ。何せ馬鹿だから。


 エヴァルドを選べばいいだけである。これで万事解決だ。

 精一杯の笑みを浮かべ、エヴァルドはロマーノに告げる。


「お嬢様は素直になれないだけで、本当はロマーノ様に惹かれておいでです」

「うん、知ってる」


 ロマーノは臆面もなく答えた。そんなわけあるか。


「しかしながら、あなた様は男爵家の御三男。少々身分のつり合いが取れぬとお悩みです」


 しれっとエヴァルドは言った。身分に関してはエヴァルドが馬鹿にできたものではないが、そこは横に置いておく。

 ロマーノは、ぐぬぬ、と唸っている。エヴァルドは軽く咳ばらいをして続けた。


「そこでお嬢様はお考えになりました。世間がロマーノ様をお認めになるにはどうすればいいのか」

「な、なんだ、それは。早く教えてくれ!」

「ええと、伝説のリューノクビノタマ、ヒネズミノカワゴロモ、ホーライノタマノエダを持ってきてくだされば、ロマーノ様ほど勇敢な男性はいないと誰もが語り継ぐことでしょう。お嬢様はその三つがそろえばいいのだと仰っておりました」

「わ、わかった! ひとっ走り行ってくる!」


 ロマーノは馬鹿なので、それらがどこにあるのかも訊ねない。どこへ行くつもりなのだろう。

 まあ、厄介払いしただけなのでどこへ行こうとどうでもいいのだが。


「待て待て、ワシも行こう」


 二人そろって旅に出た。ホーライとやらがどこにあるのか、エヴァルドもよく知らない。

 長い旅になるだろうとほくそ笑んだ。


何回「馬鹿」って書いたでしょうか(^-^;

エヴァルドは自分以外は皆馬鹿だと思ってますので。

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[一言] まさかの竹取物語笑
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