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10♠もしも

 エルヴィーノは、自室でまっすぐに自分を射抜くジェレミアの目と対峙しながら立っていた。

 その目を前にすると、エルヴィーノは呆然としてしまうばかりだった。


 今のジェレミアは、顔立ちの優しさにはそぐわない強い目をしている。初めて出会った日に感じた印象そのままに。

 これが本来のジェレミアである。気持ちのいい若者だ。


 しかし、ここ数日のジェレミアの面影がそこにない。

 顔立ちは同じだ。同じでありながら、まったく別の何かだ。

 護ってやらなくてはと思わせるような弱さなど、今のジェレミアは持ち合わせていないのだから。


 頭を打って、別人のように大人しくなっていたかと思うと、また元に戻った。これが正常で、あのジェレミアは異常であったのだ。


 それでも、この快癒を喜んでやれない。

 ひどい喪失感で目の前が真っ白になっていた。


「エルヴィーノ様、お話というのはなんでしょう?」


 ジェレミアの声には僅かに苛立ちが混ざっていた。エルヴィーノときたら、ぼうっとしてなかなか話始めないのだから、それも当然だろう。


「い、いや、それは……」


 考えがまとまらず、上手く言えない。こんなことは初めてだ。

 すると、ジェレミアの方から清々しい声が飛ぶ。


「僕の方からもエルヴィーノ様にお聞きしたいことがあります」

「うん?」


 いつも僕のことを変な目で見ていましたよね、と言われてしまった場合、とても答えられない。

 何を言われるのかと構えたところ、ジェレミアの口からは意外な言葉が零れた。


「ニコレッタ様のことですが、今でもお気持ちは変わりませんか?」


 昨日までは本気の恋をしたような気分だった。

 しかし今、目の前にいる青年を愛しく思うのかと問われると、何かが違う気になる。


 異常だった時のジェレミアがそばにいる時は、ニコレッタを少しも必要としていなかったのだ。

 口でどう取り繕っても、あの女侯爵に本気ではないことだけはもう自覚している。


 とはいえ、結局のところジェレミアは男だ。これはどうにかなる問題ではない。

 立場上、エルヴィーノは妻帯しないという選択はできないのだ。それなら、やはりニコレッタと結婚するべきなのだとは思う。


 それでも、ニコレッタを相手に昨日感じたような気持ちになれるのかどうかもわからない。

 答えられずにいるエルヴィーノに、ジェレミアはやや厳しい目を向けた。


「エルヴィーノ様にならば嫁ぎたい娘も多くいることと存じますが、ニコレッタ様に関しましては今のところ男性に目を向けるどころではないご様子でした」


 ジェレミアと会話をしていると切なくなって、エルヴィーノはいつになく落ち込んだ。

 一体自分は何をしているのだろうかと。自分自身すら制御できないなんて、それで国を治めていけるのだろうか。


「それならば、ジェレミア。もしお前が女だったら、私に嫁ぎたいと思ってくれたか?」


 それを訊ねてみると、ジェレミアは遠慮なく、はぁ? と声を漏らした。


「僕は男ですので、その〈もし〉というのは考えにくいのですが、エルヴィーノ様はご立派なお方だと思っております。助けて頂いた恩もあります。他に想う相手もいなければ、考えたかもしれません」


 ほんの少しの慰めになる言葉をくれた。

 エルヴィーノは、深々とため息をついた。


「そうか。ありがとう。私は今、自分を見つめ直したいのだ。ニコレッタのことは少し保留しておきたい」


 苦笑すると、今度はジェレミアの方が困ったような顔をした。

 その表情のわけがわからずにいると、ジェレミアはエルヴィーノとは違う迷いのない目をまっすぐに向けて言った。


「すみません、まず話さなくてはならないことがいくつかあるので、これを先に言うべきではないのかもしれませんが、僕の正直な気持ちを伝えさせて頂きたく思います」

「どうした、改まって?」


 ジェレミアは、大きく息を吸うと、はっきりとした声で告げる。


「僕はどうやらニコレッタ様に恋をしてしまったようです」


 今度はエルヴィーノの方が、はぁ? と声を上げた。

 しかし、ジェレミアの表情は真剣だった。頬を染め、服の裾を握り締める。


「エルヴィーノ様に対する不義理のようで、こんな気持ちは抱きたくなかったのですが、自分で抑えきれるものでもなく。黙っているのも心苦しいので、正直に言わせて頂きました。ただ、僕は男としてニコレッタ様に迫ったことはございません。そこは信じて頂きたいのです」


 とても冗談を言っている様子ではなく、唖然とするしかなかった。

 ジェレミアをニコレッタのもとへ向かわせたのはエルヴィーノ自身である。


 エルヴィーノにとってニコレッタは愛しい女から恋敵になってしまったと、そういうことらしい。

 人生は――わけがわからない。


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