8◇らしくない彼女〈下〉
それからも彼女――クラウディオは、ニコレッタの目にはどんどん兄になろうと努力しているように見えた。
また姿が見えないと捜していると、中庭の方で一人、剣を振っていたのだ。あんなものを誰が与えたのだろう。怪我をしたらどうするのだ。
男になろうとしても、本当になれるわけではないのに。
声をかけて止めようとした。けれど、急に声をかけて驚かせてはかえって危ないかもしれない。
ニコレッタは木陰でクラウディオが動きを止めるのを待った。
しかし、剣を握っている時の彼女は別人のようだ。もしかすると、兄と一緒に習っていたのだろうか。昨日、今日振り回し始めたようには見えず、それが意外だった。
それにしても、凛々しい。
彼女の兄の魂が乗り移ったのだろうか。剣を振るう姿は洗練された舞のようでもあり、いつまでも眺めていたいという気分にさせられる。汗のひと粒までもが輝いていた。
あんな男性がいたらいいのに、と思ってしまうくらいには様になっている。
ドキドキと胸を高鳴らせながらニコレッタはクラウディオを見つめていた。
それはまるで、彼女を通して亡くなった彼女の兄に恋心を募らせるにも似ていたかもしれない。
こんな自分はおかしいと思いつつ、クラウディオがいつまでもここにいてくれたらいいのにと願った。
――この日の晩、怖い夢を見た。
おばけが出たのだ。
夢のつもりだが、夢ではなかったのかもしれない。本当にそこにいたのかもしれない。
ニコレッタは慌てて呼び鈴を鳴らし、眠たそうなミリアムを呼んだ。
「クラウディオを呼んで頂戴」
これまで怖い夢を見た晩は、一人で耐えるしかなかった。これでも伯爵なのだ。従者たちに情けないことは言えない。
けれど今はクラウディオがいる。彼女だけは従者ではない。客人だ。
素の弱い自分をさらけ出せる唯一の友人である。
「――ニコレッタ様、お呼びと伺いましたが」
クラウディオの躊躇いがちな声がした。
「入って」
「し、しかし……」
扉の前で何か言っている。ニコレッタはベッドから飛び降りて自ら扉を開いた。
そして、寝間着姿のクラウディオの手を取った。
「お願い、来て」
逆らわずに中に入ったクラウディオの表情は硬かった。寝ているところを起こされたせいだろう。
それは悪いと思っている。
「ごめんなさい。ここで寝てくれていいから、そばにいてほしいの」
「……どうしてそのようなことを仰るのですか?」
クラウディオの声はいつもよりも低かった。やはり、眠たくて機嫌が悪いのかもしれない。
ニコレッタは呆れられていると恐れつつ、それでも正直に言った。
「また怖い夢を見てしまって。度々ごめんなさい。いい加減にしなくてはいけないのはわかっているのよ」
すると、クラウディオは目を瞬かせ、それからふと柔らかく微笑んだ。
「それでしたら、もう大丈夫です。今日はもう怖い夢は見ません。僕がここで見守らせて頂きますから」
はっきりと言いきった。何故、もう怖い夢は見ないと断言できるのかは知らない。
けれど、クラウディオが笑ってそう言ってくれるのなら、見ない気がしてきた。この安心感はなんだろう。
「ありがとう、クラウディオ」
ニコレッタは横になり、まぶたを閉じた。
すると、クラウディオはニコレッタの頭をそっと優しく撫でてくれた。
小さい子供にするような仕草だ。本当になんの心配事もなく過ごせた子供時代に戻ったような気分になり、気づけば眠っていた。
この手が大好きだと思った。




