霧矢生徒会長は涼しげな顔して、スパイシーな激辛カレーを食べる。
俺よりも一つ年上の生徒会長である霧矢雫先輩は、クールでカッコいいと評判の美人だ。先が少しうねった青髪に、大きくて、パッチリとしている目。身長も高くて、青いブレザーの制服が良く似合う。歩いているだけで、モデルのスカウトマンが来るとか。
まあ、そんな感じの美人な先輩なわけだが、俺が一番好きなのは見た目じゃない。あ、見た目もドンピシャで好きだが。それよりも「話し方」なんだ。彼女の言い切るときの語尾は「~だ」や仮定の時は「~だが」なんだ。そう、美人な見た目の割に、中世的な口調! 俺はこの話し方が最高に萌えるんだ。
「おい書記会計、昇降口でぼうっと立つんじゃない」
「うわっ!」
後ろを向くと、霧矢先輩が立っていた。
「すみません!」
「分かったのならよし。だが、下駄箱の前でブツブツ言っていたが。本当に大丈夫か?」
そう言って、手を額に当てながら、顔を近づける。
「大丈夫です!」
「そうか。あ、そうだ。来週の土曜空いてるか?」
「へっ⁉ あ、空いてますけど……。それが何か?」
「そうか。それならよかった。土曜に美術館に行かないか?」
え、それって、つまりデート! デートですか⁉ デートですね⁉
「……ん、返事してくれ」
「もちろんです! 行きます! 断る理由なんてありません!」
「分かった。じゃ、また明日」
「はい! さようなら」
靴を履き替えて、校門から出た瞬間、俺は飛び上がって叫びたくなった。
でも、そんなことをすると蔑んだような眼で見られること間違いなしだから、心の中で叫んでガッツポーズした。
「よっしゃー!」
そのまま家に走って帰った。あ、そういえば来週の土曜は留守番頼まれてたっけ。まあ、いいや。兄ちゃんに押し付けようっと。
「兄ちゃん! 来週の土曜の留守番頼む!」
「え~、その日はお前が頼まれてただろ」
「いや、どうしても外せない事情が出来たんだよ。お願い!」
「まあ、かわいい弟のためだ。一肌脱いでやろう」
「ありがと!」
「しかし、条件がある。その事情ってなんだ? それを教えてくれん限り、留守番は引き受けん」
なっ! 絶対に茶化されるから、黙って押し通そうと思ったのに!
「へいへい、わーったって」
そうして、全部話した。
「へえ、アイツとねえ」
ああ、そう言えば兄ちゃんは霧矢先輩の先輩にあたるんだった。
「まあ、いいんじゃない? 頑張れ頑張れ」
他人事みたいに言いやがって……!
「ああ、そうだな。彼女に逃げられてばっかの、兄ちゃんみたいにならないように頑張るよ」
「貴様、やっぱりかわいげねえな」
ふん! お前に言われたかねーわ!
「べー」
――そしてやって来た土曜日。
「風野!」
「あ、先輩!」
先輩の私服初めて見たけど、ストリート系の服なんだな。The・優等生だから意外だ。
「で、美術館ですよね。早く行きません?」
俺、絵とか彫刻とか全然知らないんだよな。どうしよ、先輩ってオールマイティーで学問に詳しいし。上手く話し合わせないと。
「風野、好きな画家っているか?」
わ、早速来た! その時、一人の画家が現れた。
「ピカソ……ですかね?」
「そうか。ピカソのどの作品だ?」
「えっと、戦争の……。『ゲルニカ』ってやつです」
「……ピカソでそれをあげるとは、珍しいな。私もそれ好きだ」
「最初見た時、何を表現してるのか分からなかったんですけどね」
「……そうだな。ピカソは『子供の絵』が究極だって思っていたらしいからな」
「子供の絵……。天才の言葉は分からないですね」
「ははっ、そうだな」
そうして、そのまま美術館に入って、何とか先輩の話に合わせた。
「楽しかったよ。ありがとう」
うっ、あの緊張感から解き放たれた瞬間、唐突に空腹感が襲ってきた。
「あの、先輩、ちょっといいっすか?」
「何だ」
「腹減ってきたんすけど」
「そうだな……。私がよく行くカレー屋があるけど、そこに行くか? なかなかぶっ飛んだ装飾の店をした店主だが、味は確かだ」
へえ、カレーか。美味そうだな。
「行きましょう!」
先輩の後ろをついて歩く。颯爽としてるし、これは誰でも見惚れる後ろ姿だな。
「ここだ」
店内に入ると、その装飾に驚いた。どこかの国の民族のネックレスや、民族衣装がずらっと並んでいる。
「アラ! イラッシャイマセ ナノデ~ス!」
でっぷりと太ったおばさんが出てきた。
「そろそろその言い方やめたらどうだ? 普通に話せるだろ」
「イヤナノデ~ス! コノ シャベリカタ イガイト キニイッテイルノデ~ス!」
「分かったよ」
「ソレジャ イツモノ カレー ツクルノデ~ス」
「ああ、頼む。風野は?」
店の入り口に貼られていたメニュー表を見て答えた。
「じゃ、バターチキンカレーで」
「ワカッタノデ~ス」
「先輩、あのおばさんとは?」
「大雨の日に店の前で、雨宿りしていた時に初めてここのカレーを食べたのが最初だな。その後からよく来るよ。私の好物はもともとカレーだしな」
カレーが好き、か。意外と子供っぽいんだな。
「ハイ ドウゾ」
先輩の目の前に置かれたのは、スパイシーなにおいのする赤みがかったカレー。ほんの少しでいいから、食べたいな。
「……そんなにじっと見つめてどうした」
「へっ⁉」
「……一口食べるか? 別に私はいいぞ」
そう言われたら、断る理由なんてないよなあ!
「じゃ、いっただっきまあす!」
ルーをたっぷりつけてパクッ!
……と口に運んだ瞬間、口の中にビリビリとした電流みたいな痺れと、舌に凄まじい痛みが走った。
「かっら!」
急いで水を飲んだ。
「先輩、せめて辛いって言ってくださいよ。辛さの度合いは言わなくていいです。せめて、せめて『辛いぞ』の一言だけ。言ってくださいよぉ……」
「プッ! あははは! すまない、そうだな。すっかり忘れていた! 私、辛いの平気なんだ」
そう言って、痛がる俺を尻目にパクパクと食べている。汗一つ流さず、普通に。
悔しいが、その姿もまた美しく、ずっと見ていたいと思ってしまった。
「うん、やはりここのカレーはいいな」
「おばさん! おばさんおばさん! 水、水下さい!」
「カラスギ モ カラダニアブナイノデ~ス! カノジョハ タイセイガアルケド キミハ バタータップリ バターチキンヲ オススメスルノデ~ス!」
「おばさん! そんなの分かってるから! それよりも水! 水ちょうだい!」
「ン~、ソンナニクルシムノモオモシロイノデス。ワタシ ニホンゴ ワカリマセ~ン」
「ベラベラじゃねえか!」
そう言いながら、水をくれた。
「風野、食べないのか?」
「食べますっ!」
そう言って、先輩のよりも全然辛くないカレーを食べると、やっとなんとか収まった。
「もう帰ろう。今日はありがとう、じゃ」
「さようなら」
最寄りの駅から走って家に帰った。
「おかえりなさい」
「母さん、今日の夜ご飯は?」
「ん? カレーよ」
……え?
「嘘だろ……」
「あら、カレー好きだったじゃない」
「いや、違う理由だから気にしないで」
一緒に過ごせたのはよかったが、もう「カレー」がトラウマになりそーだ!
最後まで読んでくださりありがとうございます。
カレー食べたくなってきました。