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第一話 裏切り者

 私の前に現れたのは魔物だった。悲鳴も出せず、へなへなとその場に崩れ落ちる。


「おいおい、どうしたんだ。化け物でも見たような反応して。ケガを治してくれるんじゃなかったのか」


 魔物が目を細める。わたしは部屋の隅まで後ずさりし、ブルブルと首を横に振った。魔物がそっと扉を閉める。


「殺してやりたいところだが、お前を殺すと微々たるものとは言え魔王軍の利益になりかねないからな。我慢しといてやる」


 それだけ言うと魔物は私と反対側の壁に背中を預け、目をつむった。


 よくよく魔物の様子を観察してみる。見た目は羽と耳を除けば人間のものに近い。少し肌が青白いところを見ると、吸血鬼なのかもしれない。

 脇腹に短剣が突き刺さっているようだった。今なおそこから血液がしたたり落ちている。


 先ほどと変わらぬ沈黙。しかし異常な緊張感が空間を満たしていた。


 魔物。端的に示すなら人間と敵対する生物全般のことを指す。魔力があらゆる場所に充満するこの世界では、もはや人間の想像では及ばないほど多様な生物が跋扈していた。


 人間のように知性を持つ種族が生まれればそれらの対立を避けるなど不可能に近いだろう。実際有史以前から種族間紛争は絶えない。現在は魔王軍と人間軍に世界は二分され、どうにか均衡を保っている。


「アンタはどうしてこんなところにいるんだ?」


 ふいに、魔物から話しかけられる。思わずピクリと体を震わせたが、敵意はなさそうなので正直に答えた。魔物は目を閉じて相槌すら返さなかったが。


「ふん、人間も案外大変なんだな」


 魔物はそれだけ言った。ここまで聞いておいてそれだけか、と内心思う。気づけば体の震えは止まっていた。


「俺も信頼していた人に裏切られた」


 魔物はぽつりぽつりと話し始めた。


「俺は魔王軍に所属するヴァンパイアだ。とは言っても四天王の一角である元祖ヴァンパイア様ほど高名なものではないが。元祖ヴァンパイア様から見て子孫に当たるのは確かだ。俺は今まで魔王軍の一員として国境の警備や冒険者の討伐などで名をあげてきた。そして今回俺はランドール王国強襲作戦の先行部隊長としての任を受けた。

 喜んださ。任務に成功すれば一気に魔王城勤務。何より死んだ兄妹達のためにも頑張りたかった。数十人の部下をまとめ、俺はこの街を訪れた。だが、俺は騙された」


 作戦を開始してから違和感を覚えた。人間の警備が厳重すぎる。もしや、こちらの動きが。そんなことを考えたが邪念を振り払う。今回の任は魔王直属のもの。絶対に情報が漏れるはずがない。


 ふと、引っかかりを覚える。今まで舞い上がっていたが、冷静に考えれば実に妙だ。末端の末端である俺に魔王が直々で命令? 魔王とは言え軍全体を指揮することなど不可能だ。


 俺たちは捨て駒だった?


 そのことに気付いたのはあまりにも遅すぎた。部隊は自分以外は壊滅。来るはずの応援もない。一定時間の映像の記憶ができる魔物【アインズ】達が西の空に飛び去っていったとき、その疑問は確信に変わった。


 魔王達は国の警備状態を調べるため、自分たちを突撃させたのだと。部下は全滅してしまっていた。


 踵を返し、学園内を逃げ回る。たどり着いたのがこの地下牢だった。


「魔王め……親の七光りの小悪党が。あんなやつを信じたがために俺と部下達は……」


 魔物は頭を垂れる。乱暴に目元を拭った。まさか、泣いているのか。世界を混沌に落とし召し魔王軍の一員ともあろうものが。血も涙もない極悪非道の怪物が。


 まるでさっきの私のように。


「【鑑定Ⅰ】」


 私は彼を鑑定()た。

ーーーーーーーーーーー

種族 吸血鬼

個体名 ランス・フィード・スメロイナ

レベル 46

ーーーーーーーーーーー


 【スキル】という概念がこの世界にはある。いわゆる技術のことであり、【剣術】や【算術】のように自力で身につける場合がほとんどだが、【魔力感知】や【千里眼】など生まれ持ったスキルを持つものもいる。


 かくいう私の持つスキルは【鑑定】。ハルシュタル家に代々伝わる固有スキルだ。相手の能力を数値化し視覚的に見ることができる。400年前、魔王を討伐した勇者の仲間だった賢者こそが私の一族の先祖なのだ。以来ハルシュタル家の人間には【鑑定】スキルが発現する。もちろん、私も。


「【鑑定Ⅱ】」


種族 吸血鬼

個体名 ランス・フィード・スメロイナ

肩書き 元・魔王軍中ボス

レベル 46

体力 80/890

魔力 50/770

スキル【炎魔法Ⅳ】【飛翔】【剣術Ⅲ】


 なるほど、魔王軍とは本当に決別しているらしい。そのことが確信できればこれ以上の鑑定は不要だ。私はゆっくりと魔物ににじり寄った。


「大いなる魂よ。愛するものを救い給え……ヒール」


 魔物の右腹にできている大きな創傷に手をかざす。白い光に包まれ、ゆっくりと傷口が閉じていく。


「ククッ。どういう風の吹き回しだ?」

「……ただの同情よ」

「そうかい」


 魔物は再び目をつむった。





 十分後、魔物は完治までとは言わないまでも、立ち上がりシニカルな微笑を浮かべられる程度には回復した。


「礼を言うぜ」

「いらないわよ」


 今の自分と魔物を重ね合わせて治療までしてしまった。私も相当焼きが回ったようだ。


「西門を目指して。あそこは王国の外につながる道だから警備の手は薄い。航空魔道部隊が周辺を飛び回っているはずだから空中に逃げちゃだめよ。なるべく低空を飛びなさい。さあ、早く行って」

「お節介ありがとうよ、罪人さん。だがな、そうはいかないみたいだ」


 金属のこすれ合う嫌な音。その音が鉄の扉の開かれるものだと気づいた頃にはもう遅かった。


 「貴様。何をしている」


 第2皇子の取り巻きの一人。王国騎士団長の長男イルシア・ファー・ドロンは真っ赤な瞳を光らせていた。


「王国法第九条。魔王軍に味方した者は死刑。国家に変わり俺が正義を執行する」


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